撮影は、順調だった。

翠さんは、やっぱり物凄く輝いていて、そんな彼女を被写体を通して見つめる門田さんも、上機嫌だった。

この時点では、あたしはまだこのキレイな二人が付き合っていて同棲してるなんて、ぜーんぜん知らなかった。

だけど女の直感で、あたしは知っていた。

門田さんが、翠さんの事がものすごく好きだって事を。
翠さんが傍にいると、門田さんは笑顔になる事が多いから。
そして、彼女が他の男の人や女の人と仲良くしたりじゃれ合ったりしていると、溜息をついたり物凄く不愉快そうな顔をしているから。

「缶コーヒー買ってきて」
休憩に入ると、門田さんはカメラを調整しながら背後のあたしにそう言う。
また、パシリですか。
でも、仕事仕事……と自分に言い聞かせる。
「はいっ。ブラックですね」
あたしは、撮影場所の海から少し離れた売店まで足を運んだ。

んで、その時。
見てしまった。

売店の前の販売機の横の陰になっている部分で。

翠さんと、他のモデルの一人……確か名前、MOEさん、だっけ?
その二人が、ねーーーーーーーっとりとしたキスしてるのを。

キスをしながら、翠さんの手が、どんどんと下に下がっていって……。

思わず、息を飲んでしまった。

お、女同士の生ポルノですかぁぁぁぁぁ?????

だけど、だけど、何かキレイ!!
美人な二人が………その、絡みあってて……。
って、そうじゃなくって!!!

真っ赤になって、その場にヘナヘナと崩れ落ちるあたしに、翠さんが気づいた。
翠さんは相手のモデルさんの撮影用の水着に手を忍び込ませながら、彼女の肩越しに、あたしにウインクしてきたっ。

すっごい、余裕……。

あたしは、何となく気まずくなって、とりあえず翠さんに一礼して(そこらへんが、やけに律儀で小心者のあたし)来た道を戻った。

「缶コーヒー……ああああああああありませんでしたっ」
撮影現場に戻ったあたしは、早速門田さんに謝罪しよう……と思って、どもってしまった。
レンズを調整していた門田さんは、静かに顔を上げる。
うわあっ。
そっこうで、目を逸らす。
「………。朝倉さんて、わかりやすいね」
あたしをじぃぃぃーーーっと見つめながらも、どんどんと顔が曇っていく門田さんは、
「翠、どこにいたの?」
とあたしに問い詰めてきた。
「え?しししししりませんっ」
「嘘つき」
「うわあ!!!」
門田さんの、キレイな顔がドアップだぁぁぁぁぁ!!
「自販機の所、だね」
突然凍りつくような笑顔になった門田さんは、
「カメラ見てて」
と言い置いて、足を引きずりながら売店の方へ行ってしまった。





 その夜。
東京に居る健人が、テレパシーで話しかけてきた。
こういう時、携帯とか不必要で便利だと思う反面、状況によってはうざいと感じるときもある。
『沖縄はどう?』
『ご飯が美味しいよー。ゴーヤチャンプルとか、タコスとか♪』
『食べ物のことばっかだね、愛理は』
呆れた声が帰ってくる。
『今日ね、モデルの翠さんが、女の人とイチャイチャしてる所目撃しちゃった!もう、ビックリしたっていうか、ショックだった』
『……何がショックだったの?』
『お・ん・な・ど・う・し、ってトコが!』
『愛理は、その翠さんって人のこと気になるの?』
『え?翠さん?気にならないよ。なんで?』

気になるのは、彼女じゃなくて……。

あたしは健人に悟られる前に、慌てて話題を変える。
『健人は何してたの?』
『昼間は、学校。それから、ずっと仕事してた』
『根暗だなあ。この間デートした子は?』
『ああ、もう何も無いよ。愛理居ないとつまんない』
『姉を暇つぶしにするんじゃなーーーいっ!それに、明日そっちに帰るし。嫌でもあたしに会えるから、お土産のちんすこう楽しみにしててよ。もう、寝るからね。話しかけて来ないでよ』
『おやすみ。いい子にしてるんだよ?』
『健人もねっ』
そして、あたしの瞼が閉じられた……。




♪ちりりりりりりりりりりん♪
昼間の疲労でぐっすり眠っていたあたしの、宿泊していたホテルの電話が鳴った。
しかとしてると、携帯が何度も鳴る。

案の定。
門田さんからで、
「ワインが飲みたいから買ってきて」
との命令だった。
渋々ノーメークで半分眠気眼のまま、ホテルの人に聞いて近くのコンビ二でワインを仕入れたあたしは、門田さんの部屋のドアをノックした。

あれ?
返事なし。
またノックしてみる。

しーーーん。

もう部屋に戻ろうか、なんて思っていたらドアが乱暴に開いた。


一目見て、酔っ払ってるって分かった。

いや、だって、ウイスキーのボトル右手に持って、水割りのグラス左手に持ってたし。

「遅い!」
あたしを見るなり、目の据わった門田さんが叱咤する。
あのう、10分もかかってないんですけど……。
とは言わずに、
「すみませんっ」
と、謝る。←小心者のあたし
ドアを開けっ放しでフラフラと部屋に引き返す門田さんを見て、ちょっと心配になる。

なんであんなに荒れてるの?

そして、頭に浮かぶのは、昼間の翠さんともう一人のモデルの濡場シーン。
てか、もうあたしの中では『団地妻シリーズ』みたいな破廉恥ポルノの情景……の1歩手前。
あ、やっぱり5歩くらい手前。

何かあったのかな?

「門田さん、大丈夫ですか?」
あたしは、思わず声をかけた。
その言葉が合図になったみたいに、がっちゃーーーーんっと左手のグラスが床に落ちる。

ふらっと引きずっていた右足がもつれた門田さんを、咄嗟に駆け寄って支えてしまった。


ぬくい。
だけど、男の人だから骨ばっていて、結構筋肉がついてる……みたい。
おおおおお男らしい身体と色香が……。
それに、門田さんの超美形顔がまたまたドアップで…っっ!

髪の毛も乱れているし、目も充血してるのに、門田さんはやっぱり白馬の王子様で、酔った姿がサマになってる。

でも、相当酔ってるらしくって、強いお酒の匂いが鼻についた。

門田さんの切なそうな瞳と目が合ったとおもったら。

って、え?
えええええええええええ?!

唇が、覆いかぶさってしまった!!


きききききききす?!?!?!?!


うわあ!



思わず、どんって門田さんを突き飛ばした。
足の不自由な門田さんは、そのまま床に倒れる。

「だっ、かっ、どっ、んっ、ごめんなっ、さっ…」
嗚呼!
何故かスタッカート気味なあたし。
しかも何言ってんの???

慌てて倒れた門田さんを助け起こそうと、屈みこむ。

なのに。
がしって肩を掴まれた。

「え?」
半分目が据わってる門田さんは、そのままあたしを押し倒す。
怖い。
首筋に、門田さんの唇が当たった。
強く、吸われる。
「こんな所にもヒッキーつけてるんだ……俺が、消してあげる」

嫌だ。





助けて!!!!!



思わず、叫んでしまった。




『愛理!!』





「………翠は、悪い子だね………」
「あたしは、翠さんじゃ……ありません……けど」
と言いかけたのに、門田さんはあたしに覆いかぶさったままぐったりとしてしまった。

そして、スースーという寝息が聞こえる。




あの、えーと、頭の整理。
ワイン買って、部屋に来て、酔ってる門田さんにキスされて、押し倒されて……。

…………。

翠さんに間違われた?
よね?

あたしはあたしの胸の上で眠りこけている門田さんの細い体を起こして、ベッドに移動する。

こういう力仕事ばっかなんですけど、この仕事。


はあ~~~~~~~っと深い溜息をついたあたしは、門田さんの落としたグラスの破片を拾い集めて床を拭いて、おいとました。




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