駅の改札を抜けて外に出ると、今日も澄んだ星空に、まばらに星が見えた。

電車の車両の中の、せまく密閉された空間に居たせいか、やたら開放感が駆け巡る。
思わず1つ大きな伸びをする。

オリオン座ぐらいしか星座の名前とか分からないけど、ちっちゃく3つに並ぶキラキラがダイアモンドみたいに光ってる。

「大都会トウキョウの夜も捨てたもんじゃないわね~」
なんて呟きながら、
腕時計を見る。
「ヤバ」
思わず声が漏れる。

はやく帰らないと。

これから起こるであろう面倒事を思うと、頭が痛くなる。
はあ~~~っと溜息。
気疲れと体力的疲労で重くなった体を引きずって、あたしは急ぎ足で家路を歩いだ。







そんなに遅くなったつもりはなかった。

そんなに遅くなったつもりはなかった、のに。
家に着いたら、ものすんごいどんよりダークオーラを放っている人間が玄関であたしを待ち伏せていた。

あたしは、そいつの怒りを静めようと、にかあ~って微笑んでみる。
すると、いつものアレが不機嫌そうな感じで聞こえた。
『遅かったね。言ってくれたら駅まで迎えに行ったのに』

アレ、って言うのは、言葉では説明しにくい。
でも、多分一言で言えば、テレパシーってやつ。

1コ下の弟の健人(けんと)は、全てが中の中の中(たまに下)の平凡人間のあたしと大違いの天才児ってやつで、小さい頃からそのIQの高さでスペシャル英才教育とやらを受けて育ってきた。
もちろん、日本で一番の、某大学の4年生だってのに、就職活動とは無縁の悠々とした生活を送っている。

理工の得意な彼は既にプログラマーとして独立した仕事(あたしも健人が何やってんのかイマイチよく分からないんだけど)をしてて、お給料もあたしの〇倍は稼いでいた。

もう、そこいら辺であたしの姉としての立場ってモンが無いんだけどさ。

その元ミス日本の母親似の容姿も手伝って(あたしは、超モンゴロイド顔且つぽっちゃりハゲの父親似)、昔っからモテモテだった。





ただ一つ。





神様は、彼に聴力というものを与えなかった。
生まれた時から聴力の無かった彼は、手話を習得しても言葉を発する事が出来なかった。
……訓練してからは、口の動きで人が何を喋っているのか分かるようになったらしいけど。


でも、いつからだろ?
多分、もう健人が産まれた時からだと思う。
だって、小さい頃から耳の聞こえない健人の欲しい物ややりたい事を、あたしが一番最初に理解して、お母さんに代弁してたって言ってたから。



つまり、あたしは健人の心の声が聞こえて、健人もあたしが頭の中で話しかければ、あたしの声が聞こえる。


これって、本当に他人には理解出来ないみたい。
手話も無しに、会話出来るって事が。

だけど、説明が面倒くさいし誰にも言っていない。
言うつもりもない。
もしかしたら親は薄々気づいてるのかもしれないけど、健人とあたしの、秘密だったりする。







 あたしは手を振って廊下を通せんぼしてる健人の脇の下をくぐった。
その時、ふんわりと、ムスク系の良い匂いが鼻を掠めた。

『だって、冬の新作の広告の企画期限迫ってるんだもん。皆徹夜してたのに、あたしだけ帰りますとかKY過ぎて言えないでしょ!』
健人は、あたしの後をついてリビングにやってきた。
『それなら俺が会社まで迎えに行ってたのに』
『ああああそんな恥ずかしい事やめて!もう社会人なんだから、夜遅くなったから弟が迎えに来ました、なーんて恥ずかしくて言えないしっ』

はあーっと溜息が後ろから聞こえる。
『愛理(あいり)は愚図でのろまだから、心配なんだよ』
愛理の後の言葉は余計だから。
『心配じゃなくって、どうせ息抜きがしたかっただけでしょ?それより何、オシャレしちゃって。今日は…デートか何かだったの??』
そういえば、コロンもつけてたみたいだし。

リビングのソファにべしゃあぁぁぁぁ、と突っ伏したあたしの脱いだ服を後ろから拾い上げながら、健人はじっとあたしを見つめた。
『そうだよ。一昨日告られた子と、今日会った』
『なにそれっ?!自慢?あたしに自慢なんて健人の癖に100万年早いわっ!』
『ジャイ〇ンみたいだね。あ、似てるのはジャ〇子の方か。愛理それ、嫉妬?』
『ジャイッ……しつれーーーーねっ!!彼氏居ない暦4年、未貫通暦24年だからって、モテモテのあんたに嫉妬なんかしてませんっ』
そこで暗黒の王子さながら超不機嫌だった健人が顔に笑みを浮かべた。




姉ながら、羨ましいって思う。
顔の骨格の一つからして、もう黄金比で計算しつくされたみたいな整い方。
健人が視線を向けただけで、周りの人間が息を飲む音が聞こえる。
女の人(10代から50代くらいまで?)は、健人と目が合っただけで、真っ赤になる。

こんな綺麗な顔してたら、あたしも苦労なんてしなかったのに。
今頃女優デビューしてたかも知れないのに。
美人は得だ。

健人と比べられて育ったあたしは、その見た目とIQの高さの違いで随分と周りから異なった(差別的)待遇を受けてきた。
お陰で、ちょっとやそっとの事ではメゲナイ図太~~い性格と忍耐を培ってきたわけだけど。

それでも。
苦節24年。
もう永遠に処女かもしれないと嘆きながら暮らす毎日。
ジョニー(デ〇プ)みたいな、あたしをかっさらってくれる海賊……又は白馬に乗った大沢た
おみたいな王子様(結局誰でもOK)を待ち続けているのに。

『彼氏いない暦はともかく、未貫通暦24年って、弟にエバル所じゃないでしょ』
『う"………。別にいいもんっ。あんたあたしの事ずえぇぇぇぇんぶ知ってるしっ』

『頭の中で独り言呟く回数多すぎだよ、愛理は。もう、丸聞こえ』
『聞くな!』
『じゃあ、呟かないでよ。仕事終わらせたいから俺、部屋に戻るよ。ご飯は冷蔵庫の中にあるから、レンジで温めなよ。あ、あとサンノゼのお父さんとお母さんから電話があったみたい。3時頃電話のランプが光ってたから。一応俺からはメール送っておいたけど、お風呂入った後にでもスカイプかライン使って電話しときな』

某エレクトロニクス会社の重役という立場にいる父は、こっちとアメリカを行ったり来たりしている。
母親も、父親の仕事に合わせて向こうの家に住んだり、こっちに帰ってきたりしていて、一年の半分は日本の家に居ない。
特にあたし達が大学に行き始めた頃から、自立を促してるのか、頻繁に家を空け始めた。
『ほいほーい』
2階の自室に戻ろうとする弟に手を振りながら、あたしはTVをつけた。


ご飯を食べなきゃとか思いながら、結局あたしはTVを観ながらウトウトしてしまった。









 大きな溜息をついた。
あたしの前を松葉杖ついて歩く、そのスラリとした背中を見つめながら。

てか、女の子に持たせるか???

こーんな重い荷物を?

「遅いよ。早く歩いてくれない?」
松葉杖の主が、思いっきり嫌そう~~~~な顔で振り向いた。
手伝って下さいよ!
と声が出そうになりながらも、
「あ……はいっ」
って、元気よく返事を返した。


 三流の女子大学の体育学部を卒業したあたしは、下手な鉄砲数打ちゃあたる方式で、BREEZEというスポーツ用品を製造販売している会社に無事就職する事が出来た。

超エリートの両親は、弟と大違いで頭も容姿も、どう頑張っても平均レベル以下のあたしにもうすでに匙を投げていたのか、奇跡だって、涙した。

後から知った事だけど、お父さんはあたしが1社も受からなかった時に備えて、エリートの友人知人ネットワークを利用しまくって、あたしにコネの就職先を用意していたらしい。

まあとにかくあたしは、何十社も受けた会社で唯一合格をくれたこの会社に一生忠誠を誓おうと決心(皆からは大げさといわれたけど)した。

キャリアウーマンを目指そうと心に決めた。



……んで、1年経った今はというと。

あたしの仕事は、体育学部と陸上部で鍛え上げられたこの体と、縦社会の底辺部にいる忍耐を、思いっきり再確認&試させられているような内容だった。

一応名目上は、企画部補佐。
でも、実際の役名=アシスタント=パシリ

それも、この会社の社長の弟さんで、学生時代は数々の賞を総なめにして神童扱いされてた(らしい)カメラマンの、アシをしている。
アシって言っても、右足が不自由な彼の、いわゆる使いっぱしり。
あたしの前にアシスタントしていて辞めた人が、3人。
クビになった人、3人。
7人目が、あたしってわけ。

 愛車に乗り込む彼(=上司)の後を小走りでついていく。
……まあ。
多分、この人……門田紅(かどたべに)さんの事が好きでなければここまで続かなかったと、思う。

初めて会った時、あたしの白馬の王子様が現れた!!
と、大勘違いをした。

だって、だって、それ程あたし好みの容姿をしていたから。

ほっそりとしてて、ファッションセンスは抜群だし、サラサラの茶色い髪の毛も、ちょっと緑がかった薄茶色の瞳も、激整った顔立ちも、少女漫画の主人公を絵に描いたような、美しさ。
なのに、儚げな危うい影みたいなのも持っていて…。

………正直、ちょこっとだけ雰囲気が健人に似てるな、って思った。
まあ、姉の欲目を引いても、健人はカッコいい。
本人にはずぇーーーーったい言ってあげないけど。

でも、健人みたいな中性的な美貌を兼ね備えている。
それを充分承知してるらしい所も、そんな長所を最大限に利用しているらしい所も、似ていた。
だから、彼みたいなひねくれた性格の人の扱いも慣れていた。

「運転も出来ないアシスタントなんて要らないよね」
「すみません。あの、運転免許…取ろうと思ったんですけど…」
「落ちたんでしょ?」
うっ……。
「朝倉さん、分かりやすいよ」
隣の美形な上司は、ハッキリモノを言う。
「よく……弟にも同じ事言われます」
「へえ、弟いるんだ。何歳?」
「一つ下……なんですけど」
「ふうん。明日は沖縄で撮影かあ……めんどくさ」
人に質問しておいて、さらっと聞き流しながら話題を変えないで下さい。
とか思いながら、そうだ、と思い出す。
「あの、明日は朝7時に……」
「羽田でしょ。朝倉さんも忘れないようにね」
「も、もちろんです!」
なにせ、入社して初めての出張だ。
気合を入れないと。
「そうかな~、朝倉さんが一番怪しいんだけど」
門田さんは、そう言ってちらり、と訝しげな目であたしを見た。



 ……てか、門田さんの予言が当たってしまった。

思いっきり、寝坊した。

昨日の夜、あたしちゃんと時計のアラームセットしてなかったっけ??
とか思いながら、ドタドタと慌しく支度をして家を飛び出した。



 「キスマークついてるよ。朝から遅刻して来たと思ったら、コレ?」
機内の座席の隣に座った門田さんが、シャンパンをスチュワーデスさんに頼みながらあたしの首筋を指差した。
今日の門田さんは、いつも以上にカッコいい。
それに、心なし嬉しそうだったりする。
「はい?キスマーク??」
って、何の話?
あたしは言われた場所を、手鏡をバックの中から取り出して見てみた。
「ひいいいいいいいい!!」

なんじゃごりゃあああああああ!!!(←松田〇作風)

首筋に、確かにある!

いや、これは虫さされじゃないか?
ダニ……とか。

うん。きっとそうだ。
絶対そうだ。

あたしはフラフラと席を立った。
そのまま、トイレに向かおうと一歩足を踏み出すと、
「あ、朝倉さーーーんっ」
と、後ろから声がかかった。
「佐々木さん」
「翠……」
狭い機内をドタドタと走ってくるその人に、門田さんだけでなく、乗客の皆が注目する。

そりゃ、そうだわな。

数年に渡ってうちの会社のキャンペーンモデルとして活躍している美人さんに、自然と周りの人間が、吸い付かれたみたいに目を向けてしまう。

それ程、この佐々木翠っていう女性には華がある。
スタイル抜群だし、顔はちっさいし、かっこいい。
こんなショートヘアが似合う人も居ないんじゃないかな。

あたしも、彼女みたいな整った容姿をしていたらっていつも思う。
陸上部で鍛えられてたとは言え、変な所に筋肉はついてるし一度太るとなかなか痩せられない。
それより何より、O脚の下半身太りを何とかしたい……。
なーんであたしの周りって、こう、あたしの存在かき消しちゃうような容姿の整った人間ばっかなんだろ?
お母さんといい、健人といい、上司の門田さんといい、この……翠さんといい。


走ってくる翠さんを再度見る。
あたしと目が会うと、手を振ってくれた。
「朝倉さん、すっげー久しぶり。元気か?紅、あんたをコキ使ってねぇか?」
彼女の容姿以上に、その気さくな性格…というか、ぶっちゃけオトコの人みたいな言葉遣いに、乗客の皆さんは一度戻しかけた顔をひねって二度見した。
そりゃあ、そうだよね。
声を聞いて、乗客の視線が彼女の胸元に移る。

……あ、やっぱり女だ、って顔つきになる。

「こんな前に座ってたんだ、朝倉さん。……ついでに、紅も。何で俺の席こんなすっげー離れてんだよ?」
「満席だったんだってさ。朝倉さん、翠と代わってあげてよ」
はい?
あたしが代わるんですか?
「なんで朝倉さんが代わるんだよっ。代わるなら紅が俺と代われっ。ビジネスクラスだし、足が楽だぞ?それに俺、朝倉さんの隣がいい」
「嫌だね。翠は下心が見え見えじゃないか」
「下心ぉ?そんなもんねえよ。腹黒い誰かさんと違ってな」
……いや、そんな事で痴話喧嘩されても迷惑なんですけど。

おろおろしていたあたしは、トイレに向かう途中だった事を思い出し、一応二人に一礼してその場を速やかに去った。







「きゃああああああああああ!!!」

失神しそうになった。

胸の間にも、一つ首筋と同じような赤いあとがついている。

多分、これ、虫刺され。

絶対、そう。


そう、思いたい!



あたしは頭の中に浮かんだ小さな可能性を打ち消して、そう自分を納得させ、座席に戻った。



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