翠帳紅閨    05.29.2007
What a 〇×〇×!!番外編
『Set It Off!!』


Set Off :名詞
1.(負債・請求などの)相殺、差引き
2.(他を)引き立てる物、装飾
3.(旅などへの)出発

参照:ジーニアス英和辞典

上記の他にも、銃などを発射するなどの意味も含む。






 カシャッカシャッ、と何枚も何枚もシャッターを押す。

俺の被写体は、不機嫌そうにカメラに向かって顔を向ける。
「すんごいブス面してるよ。フィルムの無駄だから笑いなよ。ま、どうせ会社の経費だけど」
俺が注文をつけると、夏物のヨガウェアを身につけてポーズをとっていたモデルは、ふっと苦笑する。
「けど俺、この体勢だと足が辛いから、さっさと終わらせようね。早く終わるも遅く終わるも支払われる給料の額は一緒だし」
モデルは口を引き上げる。
「カメラマン!お前ゴタゴタうるせーよ。さっさと撮れ!」
言いながら、はっはっはと豪快な笑顔になる。

パシャッ。

撮れた。
いいのが。


俺は引き続きシャッターを押し続けた。






 毎週火曜日、木曜日、土曜日は僕のトレーニングの日だ。
その日は、仕事を早めに切り上げて指定された通り午後6時にBREEZE社のプールとジムで水泳なり筋トレなりをする。

もうかれこれ6ヶ月にもなった。
「リハビリ」と称して兄貴が雇った男みたいな女とのレッスンを続けてから。

元々太りにくい体をしているからか、動かない片足に負担をかけないように松葉杖を良く使っているからか、上半身には自信が有る。
懸垂だって鉄棒にぶら下がって100回はこなせるし、腹筋だって毎日していた。

だから別にトレーナーなんて必要ない。
最初はそう思っていた。

だけど、翠が俺の人生に係わり出してから、何かが徐々に変わっていった。

フォトグラファーという職業柄、家にいるときは暗室にこもりっきりか、PCいじっていたりで、あまり外に出ない。
いや、人目もあるしあんまり出たいと思わない。

でも、火曜、木曜、土曜日だけは違った。

特に木曜日。

その夜だけ翠は、俺のものになる。

翠の心はきっと永遠に俺に向く事は無いだろうし、これが優しい翠の良心を利用した酷い行為かもしれない、って事なんて百も承知だ。

それに、俺が普通じゃない趣味趣向を、秘密を持ってこの24年間生きてきた事を知ってしまったんだから、彼女も責任を持つ必要があると思う。

なんて、言い開きだけど。


俺は隣で電話中の翠をチラリと見た。
「だからー、さつきさんとは何も無いって!アヤが心配してるような事起きてねえから!」

......。

女と揉めてるらしい。
しかも、三角関係。

「え?今?今は紅(べに)と一緒にいる。紅は男だよっ。何?話したい?おい、紅、何か言ってやれ!」
翠はそう怒鳴りながら、突然携帯を俺の耳に押し当てる。
大迷惑だ。
「もしもし?」
俺は不機嫌そうに答えた。
「あ、やっぱり男だ」
「そうだよ。悪い?」
「翠が紅なんて名前言ってたから、つい...」
「親が勝手につけた名前だからね。俺に名前選ぶ権利無かったから」
「良かった......」
電話の向こうの女が今にも泣き出しそうな声を出す。
「あのねえ、あんた翠の女でしょ?もっと翠の事信用して......」
言いかけた言葉が途中で終わってしまった。
「あああああっ!余計な事言うな馬鹿!」
と翠が俺の耳から携帯を退けて小声で文句を言う。
「そーゆー事だからアヤ。今夜電話すっから、そん時ゆっくり話そう。な?じゃあなっ」
翠は早口でそう言うなり、さっさと携帯を切ってしまった。
「もてる女は辛いねー」
と溜息をつきながら、助手席を思いっきり後方に押し倒す。

俺は再度横で横になっている翠を見た。

キレイだ。

俺が普通の男だったら、きっと彼女には興味を持っていなかっただろう。

この、俺と同じ位背が高くて、水泳選手特有の肩幅で、胸も無くて、男らしい言葉遣いで、そして何より男に興味皆無の同性愛者の翠に、俺は性的魅力を感じていた。

撮影の時化粧をしている所を一度だけ見たけれど、その時は世界の時間が止まったみたいな錯角に陥った。

多分、あれからだと思う。
今まで男...同類だと思っていた翠を女として意識し始めたのは。





俺は、翠に初めて抱いてもらった日の事を思い出した。

いや。抱いてもらう、というより、俺の性的欲求を翠が満たしてくれた、と言った方が正しいかもしれない。


「翠、俺抱いて」
水泳のレッスンの後、プールサイドで足の浮き輪を外してもらいながら、俺は意を決して翠に訊ねてみた。
駄目もとで、半分からかいのつもりだった。

「はあああ?お前、水の中で頭でもぶつけたのか?」
翠は怪訝な顔をして俺を見る。
「違うよ。いたって真面目だよ」
「俺、男に興味ないの知ってんだろ?」
「知ってるよ。でも、俺女に抱かれた事無いんだよね」
ビート板をスポーツバックにしまっていた翠の手が止まる。
「女に抱かれた事無いって......男には抱かれた事あんのか?紅お前こっちの世界の住人?そんなキレイな顔して......何だっけ、ジャニ系、みたいな超女受けしそうな顔してんのに?」
こっちの世界がどの世界を指しているのか気づいて頭を振る。
「俺、ゲイじゃないよ。翠、これ誰にも言わない?」
翠がちょっとだけ不機嫌そうな顔をした。
知っている。
口は堅いし、約束は守るし、翠は俺の知っている誰よりも男らしい。
俺の信頼と信用を、たったの6ヶ月で勝ち取った。
「言うわけないだろ」
「俺、障害者だし......」
「紅、それは言い訳に使うんじゃねーよ。障害じゃなくって、個性、だろ?」
個性。
俺は翠の言葉を反駁する。
中学の時、事故にあってから動かない右足。
翠が個性と言うなら、こんな不便な個性は要らなかった。
でも、俺は一生これと付き合っていくしかない。

「俺、性癖普通じゃないから」
翠が俺に手を伸ばして助け起こす。
「普通じゃないって?SM?ロリ?スカトロ?」
大した問題では無い、みたいな口調で翠はさらりと聞き返す。
「M......みたいなものなのかな?ちょっと違うような気もするけど。俺、男として女に抱かれたいって......ずっと思ってて...」
俺はそこで言葉を濁す。
翠は俺の言葉を待っているらしく、無言だ。
こういうの、頼める奴今まで1人もいなくって。翠なら…考えてくれるかなと思ってさ。……翠が女抱くみたいに、俺の事抱いてもらいたい。」
ロッカーに続く手すりにつかまりながら、俺は真摯な顔で隣の翠の顔を覗き込んだ。


翠は顎に手を置いて思案顔だったけれど、
「紅、俺ちょっと考えさせて......」
と言って、女子更衣室に行ってしまった。




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