波乱万丈初デート    10.01.2007
“波乱万丈初デート”


 場所は横浜元町。
中華街のすぐ傍にある高級洋食屋で、あたし達は夕食を取った。

お見合い後これが初デートなのであーる。

「これを…受け取って頂けますか?」
ポロシャツにスラックス、肩にセーター(しかもそのセーター胸の前で結ばれてる完璧80年代ファッション)という金持ちの定番ファッションで、今日も美しい笑顔を振りまきながらジエイさんはテーブルの上に小さな小箱をチョコンと置いた。

大きさからして中身は見なくても明らか。
あたしは小さく溜息をついた。
「はあ…。」
 
この間あたしはこの人、国本慈英さんにプロポーズされた。

どう考えても間違いとしか思えないお見合いみたいな紹介を無理やり受けて、すんごい恥ずかしい思いもしたのに、お見合いの翌日即効彼から返事が来たのだ。

誰もが断るだろうと思ってた。

なのに、皆の予想を裏切ってジエイさんは「結婚を前提に付き合ってください」と言って来た。
それから、毎日定時にTELが来て(メールは苦手らしい)、デートしろデートしろデートしろとしつこくせがまれて(実際にはもっとやんわりとした言い方だったけど)、しょうがなく承諾して今日に至ったのだ。

だから、今日は初デート。
 
「開けないのですか?」
テーブルの上の小さな小箱を見つめたまま、何にもしないあたしを見てジエイさんは小首を傾げた。

そりゃあ…きっと高価な指輪が入ってるんだろうけど…。
開けちゃったら絶対貰っちゃうのが目に見えてる。
欲しい!欲しい!!欲しーい!!!!
でも…。

「ごめんなさい、頂けません!!!」
あたしはダンっ、とテーブルに両手をついて頭を下げた。
「どうかしましたか…?僕が何か?」
落ち着いた声でジエイさんは尋ねた。
あたしは顔を上げることが出来なくって、下を向いたままである。
「あたし、言われるままにお見合いしちゃったけど、やっぱり好きでもない人とは結婚出来ないし、付き合うことは出来ません!!!」
ジエイさんは無言で、言葉を返してこない。
あたしは構わず続けた。
「ジエイさんも、好きな人が出来たらその人と結婚するべきです。だってこんなにカッコいいのに、あたしじゃなくても全然オッケーな筈だし、ただお見合いを勧められたからってあたしと無理に結婚しなくってもいいんですよ。それにだいたい結婚なんて紙切れ一枚の問題であって、今の時代結婚なんてしなくてもいいんじゃないかとあたしは思うんです!!」

言っちゃったっ。
ついに言っちゃったよぉ~。
だったら最初から見合いなんてするな、って突っ込まれたら何も言い返せないんだけどさっ。

「ごめんなさい!」
「そうですか…。」
心なしかジエイさんの声音が低い。
ひえ~っ怒らせちゃった?
怒らせちゃった?
顔を上げらんないよ~う。

「顔をあげてくれませんか?」
ジエイさんはあたしの手首を優しく掴んだ。
あたしはソロソロと顔を上げる。

ジエイさんは、笑顔だった。
ま、眩しい!!
アングラの世界の女(あたし)には眩しすぎる笑顔だわ!!

「つまり、僕に対して里美さんは恋愛感情が全くないのですね。」
うっ。
ハッキリ言われた。
なるべく遠まわしに言った筈なのに…。
「え?あの…えっと…。」
シドロモドロのあたし。

「里美さんはすぐ顔に出ますね。ではお聞きしますが、僕には1%のチャンスもないんでしょうか?」
じっとあたしを見つめる。
睫毛長-い!!
…なんてそんなもん見てる場合じゃないわ!!

「そんな事ないですっ。ただ、ジエイさんはあたしじゃなくっても身分相応というか、ちゃんとお似合いの人が現れると思うから…。」
「身分相応というのは、僕が自分で判断します。でも、そうですね…それでは、お試し期間というのはどうです?」
「はあ?」

お試し期間?

「僕は今まで女性と真剣にお付き合いした事がないんで、あまり自信がないんですけど、一ヶ月試しに付き合ってみて、お互いに駄目だと思ったら別れるというのはどうですか?うん、それがいい。いいアイデアですね。」

オイオイ、何一人で納得してるんだい、お兄さん?
あたしの気持ちはどうなるの?

「駄目でしょうか?」
ジエイさんは捨てられた子犬みたいな瞳であたしを見つめる。
あーもうそんな顔しないで!!
「それなら…。いいですけど。」
まあ、今別に付き合ってる男もいないし、好きな人もいないから別にいいか…。
「でも、ジエイさんは何であたしにこだわるんですか?」
それが納得できない。
こーんなデーハー女のどこがいいの?
どう見たって釣り合わないよねぇ?

ジエイさんは再び笑顔に戻って小首を傾げる。
「言ったじゃないですか、面白い方だと思ったって。」
っていうかそれって…あたしはあんたのオモチャかっての!

「今まであまり恋愛には興味がなかったんですよ。うちの姉があっちの気があるのかと心配して探偵まで雇って僕をつけたこともある位でね。女性が嫌いなわけじゃなくって、僕の興味をそそる方が現れなかっただけの話で、好きな研究が一生出来るのならば別に結婚相手なんて誰でも良かったんです。」

恋愛に興味が無かったですって?
それって…。
変わってる!!
あたしなんて幼稚園で初恋してから何十人も好きな人出来たのに、絶対それっておかしい!!

いや、あたしは単に惚れっぽいだけなのかもしんないけど。
でも確かこの人二十五歳よね?
「あの、今まで付き合った方とか…?」
「ああ、いません。」
キッパリ。
こんな王子様みたいな美形なのに?
あたしより美人なのに、何かの間違いじゃないの?
「でも、言い寄ってきた人とかはいるでしょう?」
ジエイさんは眉根を寄せて不快そうな顔をした。
「ええ。殆どは僕の財産目当てでしょうけどね。そんな方達には興味も時間もありません。」
厳しぃ~っ!!
でもあたしはオッケーな訳?
その基準がいまいち…。
「里美さんのような飾らない性格の方は初めてです。」
それって…褒め言葉?喜ぶべきなのかな?
正面に座っているジエイさんはニコニコニコニコしてる。
あたしは妙に照れちゃってまともに顔が見れなかった。

っていうか…そんな優しい目で見つめられても…困るんですけどぉ…。

「あの、あたしのどこがいいんですか?」
という恥ずかし紛れの質問をした途端ガッシャーン!!
とグラスが砕けた音がしてあたしの左側の上半身に水しぶきがかかった。

ゲッ…。
あたし、またやっちゃった?

「ああっ、お客様、申し訳ございません!!!お洋服に赤ワインがぁぁぁ!!!」
ウェイトレスの声がした。
ああ良かった。
今回はあたしじゃない…。
って、ええ?
赤ワイン??

「里美さん、上半身が真っ赤に!!」
「あの、ソーダ水を!!」
ウェイトレスとジエイさんが同時に叫んだ。
あたしは恐る恐るお気に入りのベージュ色のニットセーターに視線を移動させた。

「ぎゃああ~~~~~!!!」
殺人事件の被害者の如く、左側が血のように真っ赤に染まっている。
これはニットだし、ソーダ水じゃ無理なんじゃ…。

「申し訳ございません、申し訳ございません!!!クリーニング代は出しますので…。」
ウェイトレスは平謝りに謝った。
涙目である。
あたしは彼女が可哀想になって、
「別にいいですよ、この位。大した事ないですから。」
と笑顔で言った。
「里美さん、お手洗いに行かれた方が良いのでは?」
ジエイさんは真面目な顔であたしにハンカチ(女のあたしがたまたま持ち合わせてないものを彼がなんで?!)を差し出した。
「ありがとう、ジエイさん。」

席を立つとあたしはトイレへ向かった。


あたしのニットセーターに大きくついたワインの染みはドライクリーニングじゃないと落ちなさそうだったけど、コートを着れば隠れる位置にあった。
ついでに化粧直しもしておく。
もう前回のような恥はかかないもんね~。
今回はしっかりメイクアップ道具が入ったポーチを持参した。

トイレから戻って席に着くと、ジエイさんは携帯片手に話をしていた。
っつーか携帯ストラップに付いてる黒キューピーちゃんに見覚えが…。

「ああ!!!それあたしの携帯!!」
「あ、里美さん。貴女の携帯が鳴ったので出ました。ちーさんという方からです。」
あたしに気づいたジエイさんは何事も無かったかのように携帯をあたしに手渡してきた。
っつーかあんた…。
鳴ってても人の電話に勝手に出るか、普通?

「もしもし?」
「ちょっとー里美!!!あんたデートするなんてひとっことも言ってくれなかったじゃない!!!しかも声だけ聞いてると、なんかセクシーでいい男っぽいじゃん!!!キャア~~~~!!!!!」
電話口でいきなり叫ばれた。
「後で言おうと思ってたのよ。で、どうしたの?」
「ああ、あのね、ジエイさん…だっけ?彼にも言ったんだけど、今夜六本木の『HELL』に行くから、十二時にマックの前でね♪」
えっ、ジエイさんにも言ったって…。
なんか嫌ーな予感がする。
「彼も誘ったからねっ。里美のデート相手がどんなんか、あたしらチェック入れるから。」
どっひゃぁ~~~!!!
絶対連れてけない!!
どうみたってこの人クラブ系の男じゃないし(カッコいいけど服装ちょっとお坊ちゃま系だし)、あたしの好みからは百八十度違ってるし(美形で髪の毛サラサラの天然茶色だけど、今時のヘアスタイルじゃないし)…。
ちらり、とあたしは横目でジエイさんを見てみる。
彼はあたしの会話を聞きながらも相変わらず笑顔で微笑んでいた。

「で、彼は何だって?」
あたしはジエイさんに背を向けて小声で友達のちーちゃんに聞いてみた。
「是非とも里美さんのよく行くクラブとやらを拝見してみたい、って言ってたよ。あんたなんか好かれてるじゃーん!!!」
嗚呼。
神様仏様~。
オーマイガッ!!
何て事になってるの!!!
一人で焦っているあたしも何のその。
「じゃあ里美、待ってるよ~。十二時マック前だかんね~。ばいび~。」
ちーちゃんの暢気な声がして、ぷつりと電話は切れた。

十二時!!

あたしは携帯を切るとそのまま時間を見てみた。
八時三十分だ。
残るは三時間半!!!

「ジエイさん!!」
あたしは電話に勝手に出られた事などすっかり忘れて、キッ、とジエイさんに向き直った。
「今からあたしの友達のサロンに行くわよ!!!彼女サロンの上のアパートに住んでるから。」
「は?」
ジエイさんは突然興奮しだしたあたしについて行けないらしくて、その整った顔の眉間に小さな皺を寄せる。
「その7:3分けを何とかするのよ!!!」
あたしはグイッと彼の腕を引っ張った。
「あと、そのセーターを肩の前で結ぶファッションは百年前に廃れたの!!服もどっかから調達しなきゃね!!」

そう、忘れてたけどあたしはメイクオーバーの女王!!
人様をクラブ系に、お洒落でカッコよく仕立てるのがあたしの職業。
カリスマショップ店員の意地を見せてやろうじゃないの!!!

「里美さん?突然…どうしたんですか?大丈夫ですか?」
会計を済ませたジエイさんは鼻息荒いあたしを心配そうな顔で覗き込む。
「ジエイさん、あたしとクラブに行くんでしょ?一日だけあたし好みの男になってくださいっ。お願いします!!」
あたしは大きく一礼すると、ジエイさんの腕を引っ張りながら店の外で待機している彼のリモに向かった。
 
外はもう既に真っ暗である。

あたしの戦い(って何の?)の火蓋は切って落とされた。
 


<ひとこと> 
とうとう連載してしもうた、天然男。里美さん突っ走ってくれてます。お陰で慈英さんの影が薄っ。波乱の一晩になりそう
です。この新連載もにがみどうと合わせてお楽しみください!!



トランスフォーメーション


あたし達は、だだっ広いリモの中にいた。
赤坂でサロンを営んでいる友達のミーちゃんの所へ行く予定なのである。

「里美さんも着替えた方がよろしいんじゃないかと…。」
躊躇いがちにジエイさんはあたしの濡れているセーターに手を伸ばして軽く触れた。
さっきワインがぶっかかってしまったセーターには、でかでかと赤い染みがついてて見苦しいこの上ない。
「濡れた服を着ていると風邪をひいてしまいますから。」
言いながらジエイさんはハッとする。
「そうだ、世田谷の僕の家に寄ってから行きましょうか?その前に里見さんのお友達をピックアップしましょう。僕の服選びを手伝ってください。」
服選び?
服選びって言われてもなぁ…。
この人、お坊ちゃま系だし。
あたしは不躾に彼をつま先から頭の天辺までなめるように見つめた。
「ジエイさんはどんな服をお持ちなんですか?」
ジエイさんは困った顔をして腕を組む。
「メイドがシーズン毎にオーダーしてくれるので、色々と送られては来るんですけど…殆どは袖も通さずクロゼットにしまってある筈です。」
メイドがオーダー?
袖を通さずしまってるですと?
あたしなんて流行遅れの服だって自分で裁縫して変化させて、着まわししてるってのにさ。
これが貧富の差ってもんなのかね?
あたしがむっつり黙ってるのを見て、ジエイさんは真顔で言う。
「僕は、クラブなどの人が多くて混雑した場所ははっきり言うと苦手なんですけど、今夜は1パーセントの可能性にかけてみたいと思います。」
「1パーセント?」
って、ああ、あれね。
なんかさっきそんな事ゴチャゴチャ言ってたような…。
「その可能性が今日2パーセント…願わくば40パーセント以上になってくれたらいいな、と思って承諾したんです。」

軽くあたしの顎に手が置かれた。
くいっと彼の方に顔を向けさせられる。
「えっ。」
あたしの何倍もちっちゃい整った顔が、潤んだ瞳があたしを凝視している。
な、なんかそんなに熱く見られると照れちゃうじゃ~ん!!

「もし今夜僕が貴女の好みの男性とやらになれたなら、ささやかな見返りを求めても宜しいでしょうか?」
さ、ささやかな見返りィ~~~~!!!
って何???
っつーかその、熱い眼差しであたしを見ないでくれ~~~~!!!!(眩しい)
「駄目ですか?」
色っぽい(!?)表情で見られてあたしは真っ赤になる。

ぐはぁ~~~~っ。
だからこういう美形タイプは苦手なのよぉ~~。
調子が狂っちゃう。

「駄目…じゃないけど…。」
あたしは目を逸らして、空ろに視線を手元にさまよわせる。
「良かった。」
ジエイさんは満面の笑みを浮かべながらあたしの顎に置いた手を離した。

つつつつつーか、ささやかな見返りって何?
熱い眼差しビームで惑わされちゃったけど、その「ささやか」ってとこが何かミソっぽくて怖いんですけど…。
あたしがひとり怯えて考え込んでいるのを完全に無視してジエイさんは訊ねる。
「里美さんは、よくそのクラブへ行かれるんですか?」
「え?あ…週末は殆ど。」
「毎週末?何の為に?」
何の為に??って…。
「踊ってストレス発散したり、飲んだり…。」
男と出会って一晩のアバンチュールしたり、ってとこはもち言わないでおいた。
なるほど、と言ってジエイさんは黙りこくる。
しーん…沈黙。
「あのっ、ジエイさんはどうやってストレス発散してるんですか?」
沈黙紛れに発したあたしの声は何故か上擦っていた。
「僕ですか?僕はひたすら研究に没頭します。まあ、研究者仲間がいるとはいえ人間相手の仕事ではないので、あまり精神的ストレスはないですね。僕は人間関係のいざこざが一番嫌いですから、あえてそれは避けるようにしています。」
ああ。
確かこの人、人間嫌いだったっけか?
ジエイさんは窓の外を見て呟く。
「次で高速を降りるんでしたよね?お友達の所まで案内してくださいね。」
「…あ、はい。」
あたしは小さな声で返事した。


「あんた何時だと思ってんのよ!!!」
みーちゃんはパジャマ姿で出てきた。
ジエイさんは彼女のアパートの前に止めたリモの中で待っている。
「ゴメン、ほんと一生に3回のお願いっ!!」
あたしは両手をついてお願いする。
「あんたもうその3回目この間使ったでしょ?それにだいたいね~、自分のエゴと見栄の為に人を左右するんじゃないの。人は見かけじゃないのよ。ちー達がジエイさんの事何と言おうと別に構わないじゃない、彼は彼なんだから。」
うっ…確かにそうだ。
あたしは自分の我侭とつまらない見栄の為にジエイさんに迷惑をかけようとしている。
「彼は何だって?あんたのこのくだらないゲームに付き合うって?」
腕を組みながらみーちゃんは聞く。
「うん…。一晩だけならいいみたい。」
暫く黙ってあたしを見つめていたみーちゃんは深く溜息をつく。
「ハァ。分かった。彼が望むならやってあげる。今から何か羽織って下にいって散髪用具一式持ってくるから、里美は車でまってて。」
みーちゃんは深い溜息の後、意を決したように言った。
「それにね、一回でいいからリモにものってみたかったし、金持ちの家にも行って見たかったんだよね。」
ペロリと舌をだした後彼女は、踵を返して部屋から出て行った。


「こんばんは。夜分遅くに呼び出してしまって大変ご迷惑をおかけしました。」
「あ、みーです。始めまして。」
ふたりはなんとなくぎこちない挨拶をする。
みーちゃんはちょっと戸惑い気味だ。
ふっふっふ、珍しい。
やっぱジエイさんって、何ていうか、綺麗な容姿も手伝ってか、ちょっと普通の人と違うオーラに満ちてる。
「あんたのタイプじゃないけど、すっごい美形じゃない。」
ジエイさんが運転手に指示を与えているときに、みーちゃんは素早く耳打ちしてきた。
「なんかちょっとやる気出てきたわ。髪形次第でいい男になるわよ。」
「そ。あと服もね。」
あたしは、ジエイさんに見えないようにみーちゃんに片目でウインクした。



彼の家は…半端無くでかかった。
門を入ってから家に着くまで一体どの位車を走らせるの?と思っていたら、薔薇園がアーチを描いている洋風な大きな館と砂利道が敷かれている日本風の屋敷が見えてきた。

「お、伯母さんこんなとこで働いてたの???」
「あんた…貧乏丸出しだよ。」
みーちゃんの注意も聞かず、あたしはリモの窓にへばりついて外を見つめる。
窓にあたしの鼻息の跡がちゃっかりついている。
でも、こーんな狭い東京にこーんなでっかい土地持って家を二軒も建てちゃってるなんて…なんて贅沢!!!!
入り口には、夜だっていうのに黒服の人が待機していた。
リモを確認すると、トランシーバーで何か伝えてジエイさんを通す。
車を降りて、キョロキョロしてるあたしを誘導しながらジェイさんは自室へ案内してくれた。
廊下は中世ヨーロッパ風(?)の怪しげな絵が一杯飾ってあって、幽霊が出てきそうな勢いだった。

「す、すっごい!!!!!」
彼の寝室は、ごちゃごちゃで足の踏み場が無いあたしの部屋と違って、シンプルが基本の、雑誌から飛び出したようなお洒落なインテリアで、リモート操作でベッドの足元から出てくる大型フラットスクリーンTVやら、どこからとも無く流れてくる音楽やらのハイテク機器が部屋のデザインとマッチして置いてある。

っつーか…うちの家の一階が全てこの大きな部屋に収まってしまいそうな勢いじゃん…。

ジエイさんは驚きで声がでず、だらんと口を開けたままのあたしの肩に手を置く。
「里美さん、口が…。」
「あんた涎垂れてるよ。」
二人の声が同時に聞こえた。
「ハッ。ごめんなさい。」
しまった。
涎が垂れてたなんて!!
年頃の乙女なのにあたしったら…。
慌てて拭う。
「いえいえ、それよりこちらがクロゼットです。」
ジエイさんは苦笑しながらあたしを隣の部屋に連れて行った。

ガッデーム!!!

これが…クロゼット?
「す…すごっ。」
あたしは茫然と立ち尽くす。
部屋は、普通の洋服屋の何倍もの服があって、選り取り緑だった。
「こんなにあるんですけど、僕はこの一部くらいしか着ていません。」
クロゼットの奥はこれまた扉で繋がっているらしくって、ジエイさんはそっちを指差しながら
「あそこは僕の靴や時計などの小物が置いてある所です。」
と言った。
「はあ?」
ク、クレイジーだわ!!!
こんな所にすんでちゃ、金銭感覚狂っちまうぜ。
「で、今夜はどれを着ればいいんですか?」
そっと、あたしの肩にジエイさんの手が置かれる。

あっ、そうだったわ。
あたしは携帯の時計を見た。
ぎゃあああ~~時間がなひ~~~~っ。

「じゃあ、あたし服選ぶからねっ。あたしが幾つか服選んでる間に、みーちゃん彼の髪の毛お願い。」
あたしは素早くみーちゃんに指示をだす。
なんとしても十二時までには用意させなきゃだわ。
「ラジャ~ッ。ジエイさん、お手洗い教えていただけますか?あなたの髪の毛を洗いたいんですけど。」
「ああ、はい。洗面所はこちらです。では里美さん、適当なものが見つかったら寝室へ持ってきてくださいね。」
そういい残して、みーちゃんとジエイさんはクロゼットから出て行った。

どうしよう…。
な~んて悩んでる暇はない!!!
あたしはだだっ広いクロゼットの片っ端からチェックを入れていった。



一体どれだけ時間が経過したのか。
気づいて時計を見たらもう既に十一時だった。
げええ!!!???もうそんな時間?
あたしは夢中でクロゼットを漁った。
だーって殆どポロシャツとかスーツとかで、そーんな膨大な量の服の中から使えそうな一部をを見つけ出すのに、とてつもない時間がかかったからだ。

で、あたしが選んだ服はというと…。
白いベルトに、スタッズ付きの黒いラインパンツ。
シャツは白黒の細かい縦ストライプで、アクセとしてズボンの前を斜めに横切るウォレットロープと、大量の小物の中(殆ど全て不使用らしい)から見つけたグッチのG型シルバーペンダントと、ロレックスの時計(すげえ!!!)。
靴はフェラガモ製のレースアップの白黒モンキーブーツ。オーソドックスな三つボタン黒レザージャケット。
これでスモークハーフのグラサンさえあったら…最高なんだけど。

はっはっは。
どうだ、参ったか!!!
里見様はブランド物もクラブ系にまとめるのさっ。
な~んてね。

っつーかこれ全部一度も使用された形跡がないのが気になる。
使わないのに何でもってるんだろう、ジエイさんは??
この未使用のブランド品…メッチャ欲しいわぁ…。

思わず手がのびる。

ハッ!!!
だめだめ。何をやってるのあたしは!!!
こんなん万引きしてジエイさんの信用失ったらあたしの沽券に関わるわ!!!!この里美さんが窃盗なんて!!!
気を取り直して選んだ服を並べて、部屋の奥の鏡の前のカウチに置いておいた。
「ま、気に入らなくても無理やり着せるし、変に奇抜な色を選ぶより白黒でまとめた方が無難よね。」
あたしは満足して寝室へ向かった。


「里美あんた時間かかったわねぇ。」
「何かいいもの見つかりましたか?」

「えええええ!!!!!!」
またスクリーム。
ビビッタ。
だって、だって、目の前のジエイさんの髪型が…。

「変わってる…。」
あたしは茫然とジエイさんを見つめる。
ジエイさんとみーちゃんは優雅に寝室の窓側に置いてあるソファーでまったりお茶をしていた。
「あんた何言ってんのよ。彼のヘアスタ
イル変えるためにわざわざ仕事あがりのあたしをここに連れてきたんでしょ?」

だって、だって、あのちょっと時代遅れっぽい長めの7:3が…。

「ばっさり、みーさんに切って頂きました。」
ジエイさんはクロゼットのドア付近で固まってるあたしを見た。
優しく微笑んだ後、表情が少し硬くなる。
「あの…おかしいですか?」
「「おかしくなんて全然ない!!」」
不安げなジエイさんの言葉に、あたしとみーちゃんは声を合わせて否定した。

ジエイさんは、少し揉み上げが長めの、サイドが刈り上げられて頭の上がヘアワックスで無造作に立ててある、現代の若者っぽい(って別に彼が過去の遺物と言ってるわけじゃあないのよ~~!!!)髪型になっていた。

「元から髪の色素が薄い茶色だから、どうせカラーする時間もなかったしそのままにしたんだけど…どうよ?」
どうよって言われても…。
っつーか、美形の顔にワイルドさが加わった感じで…。
「な、なかなか似合うじゃんっ。」
「有難うございます。」
ジエイさんの目が細められて、セクシーな笑みを溢した。
ぎゃあ~~~また眩しい笑顔がぁ~~~~つ!!
「ジ、ジエイさん、あ、あ、あたしが選んだ服はクロゼットのソファに置いておいたんで、たっ、試してくださいね。あっ、シャツの裾はくれぐれもズボンにたくし込まないように、自然な感じで出したままにしてくださいねっ。」
あたしは何故かギクシャクしながら、ソファに座っている二人に近寄った。
「あの~、里美さん、右手と右足が同時に前に出ながら歩いてますよ…。」
ぷっ、とジエイさんは噴出しながら腰をあげる。
そして、あたしに白いセーターを手渡した。
「そうそう、あの、みーさんと僕の姉の部屋からこのセーターを選んで持ってきたんですけど、良かったらその染みのついたのを脱いで着てみてください。大丈夫ですよ、多分姉は一度も袖を通してないとおもうので。」
そう言った後ジエイさんはクロゼットに姿を消した。

「どうせクラブ行ったらこの下に着てるタンク一枚になるから、別にいらないんだけどね。」
あたしはジエイさんが出て行ったのをいい事に着替える。
「ジエイさんが心配してたのよ。里美さんが風邪を引いたらいけないからって。それより、あんたどう思った?」
みーちゃんはフワアッと大きな欠伸を一つしながらあたしに向き直る。
「どうって?」
「髪型の事。」
「べ、べっつに~~っ。みーちゃんならカッコよくしてくれるって分かってからさぁ…。」
あたしは何気なくを装った。
「ふうん。ジエイさんはね、あの髪型あんまり気に入ってないみたいだったけど、里美さんが気に入るのなら別に何でもいい、って言って切っちゃったのよ。」
みーちゃんはテーブルの上に置かれてある、高そうなカップに入ったミルクティーを一杯啜ってから、更に続ける。
「あんた何しでかした訳?かなーりジエイさんはあんたの事気に入ってるみたいだけど…。まあ、あんたも…昔からちょっと一癖も二癖もある男から気に入られる変な魅力があるみたいだけどね。」
う…そういえば、そうかも。
「でも、隆は違ったけどっ。」
あたしはムキになって反論する。
「隆?ああ、あのあんたの超好みだったムキムキマッチョのB系ファッションの彼?」
「そうそう。彼は普通だったじゃん。」
「だからあんた振られたんじゃない。」
みーちゃんは悪びれもなくサラリ、と指摘する。
ううっ…確かに、振られましたよ~だっ。
そんなハッキリ言わなくたっていいんじゃないの??
「あのねえ、あんたの悪い所は、人を自分の色眼鏡で判断して重要な中身を見てない所よ。だからいつも空振りに終わるのよ。あんた好みの男と付き合う度にあっけなく浮気されたり飽きられて振られてるじゃない。」
うっ…痛い。痛いところを突かれてる。
でも…。
「悪いけど、そんな事いうみーちゃんだって――。」
と反論しかけたところで、ガチャリとドアが開いた。
「これでいいんでしょうか?」
不快気に眉を顰めながらジエイさんがおずおずとクロゼットのドアから出てきた。


「………。」


あたしは声がでなかった。声を出す前にあたしの心臓が口から飛び出そうなくらい、大きくひとつ震えたからだった。




<ひとこと>
はあ~っ、やっと次回のクラブ編にもっていける!


三人の賢者    10.01.2007

“三人の賢者”


ジエイさんの支度も整って、みーちゃんを家に送って、結局マック前での待ち合わせをクラブの中に変更したあたし達は、ギリギリセーフで六本木のクラブ『HELL』に到着した。
やっぱ金曜日の夜だけあって、混んでる。
入り口の前に人が一杯並んでいた。
あたし達もクラブの前で並ぶ。
横にいるジエイさんは、いつものお坊ちゃま系のファッションから180度変わって、結構いい男になった。

いや、ホントの事言うと、めっちゃ…イケてる。
 
「クラブが嫌いでも、あたしがいるから大丈夫ですよ。きっと楽しい思い出の夜を過ごせますって。」
横のジエイさんは何故か困った顔でそわそわしていたので、声をかけてあげた。
「里美さん、いいですか?」
あたしが返事をする間も無くジエイさんはあたしの手をとる。
「はいいいぃぃぃぃ???」
「何故か緊張してしまって…すみません。」
「こんな事で緊張してるんですか?」
お手手繋いで仲良しこよし~…みたいな、ってちがーう!!!
ジエイさんの手はさらさらで暖かい。
年中べたべたギトギトに汗かいてるあたしの手と大違い。
そうよ、汗っかきなのよ、悪かったわね!!
なーんて。
でも、な、なんか気のせいか体の神経全部が繋がれてる手に集中してる…ような。
あたしが何故か妙にドキドキしていると、列の後ろの方でひそひそと声がした。
「ちぇっ、ブスの女付きだよ~。もったいなーい。」
「女けばーい!!」
「シーッ。声が大きいよ。聞こえちゃうよ。」
っつーか…。
丸聞こえなんすけど。
ブスですって?
ケバイですって?
なんなの小娘たちがぁ~~~~。
キィィ~~~!!!
後ろでこそこそ、あたしに直接言ってくるだけの勇気がないのね。
ふんっ、まあ言ってきたら宣戦布告とみてこっちも受けて立つつもりだけど。
でも、確かにさっきからジエイさんは女の子の視線を集めていた。
それに気づいているのかいないのか。
多分、気づいてるけど嫌みたい。
だから妙にそわそわしてるんだと思う。
その時、びゅううぅぅぅぅ~~~~っとビルの冷たい隙間風が思いっきり通り過ぎていった。
「うわっ、さぶっ!!!」
思わずジエイさんに身を寄せてしまった。
それが、まずかった。
あたしの手を離すと代わりにふわり、と皮のコートでジエイさんがあたしを包んでくれた。
っていうか、包んじゃった。
「こうすれば、風が防げますから。」
ジエイさんの落ち着いた声音が頭の上から降ってきた。
ひえぇぇぇ~~~っど、ど、ど、ドキドキしてしまう。
変身したジエイさんを見てから妙に心拍数が上がってて、あたしの調子はさっきから狂いっぱなしだった。
 
スリーワイズメンをお願いします。」
大音響で音楽が鳴っているクラブに入ると、あたし達は真っ直ぐバーに向かった。バー付近でちーちゃん達と合流する為だ。
バーテンダーに謎のドリンクをオーダーすると、ジエイさんはあたしに何が飲みたいか聞いてきた。
あたしは見かけ倒しで(強そうに見えるらしい)お酒に弱い。
だから、お子ちゃま風のカルーアミルクを頼んだ。
ジエイさんはバーテンダーに支払いを済ますと、グラスに入った金色に輝く液体を手に持って優雅に揺らす。
か…かっこいい…。
見かけだけは、どこからどう見てもクラブ慣れしたいい男。
手に持ったお酒を飲むだけでもサマになってる。
お願い、喋らないで黙ってて…。

~5秒経過~
~10秒経過~

はっ、しまった!!!
また暫く見惚れてしまった。
もう、さっきからこんな調子!!
「飲んでみます?美味しいですよ。」
あたしの視線に気づいてジエイさんはグラスを差し出してきた。
「何ですか、これ?」
思わず受け取っちゃったので、試しに一口飲んでみた。
うげっ、まっず~~い!!!
吐き出したい。
それに、あたしには強すぎ…。
「な、なかなか大人風味の味ですね。は、ははははっ。」
にっこり微笑むとジエイさんは説明する。
「これはスリーワイズメンという飲み物で、ジョニー・ウォーカースコッチと、ジム・ビームウイスキーと、あと…何でしたっけ?忘れてしまいましたがもう一 つのウイスキーを1/3ずつ入れた飲み物なんですよ。僕は結構好きなんですが…里美さん大丈夫ですか?顔が真っ赤ですよ?」
っつーかアルコール度強すぎ!!
この一口であたしゃやられたよ…。
苦い顔をしていると、あたしの背後で声が聞こえた。
「あれえ??里美じゃん。やっと来たんだぁ~。遅いぞ!!」

うわあああぁぁ~~ついに来た!!!

「ちーちゃん。」
あたしは何事も無かった顔で振り向く。
ジエイさんもあたしにつられて後ろを振り返る。
そして笑顔で一礼した。
「ああ、貴女がちーさんでしたか。先ほどはお電話で失礼致しました、国本慈英です。宜しくお願い致します。」
はうぅ!!
いきなりお堅い挨拶ですかい!!!
そのファッションでそのやけに丁寧な挨拶はねーだろっ!!!!(←いいことだけどさ)
あたしと同じ系統の派手派手クラブファッションに身を包んだちーちゃんは、一瞬きょとんとしてから返事をする。
「あ…ハイ、里美の友だちのちーです…けど。」
ほら、固まってる。
「あはははっ。ちーちゃんこそ何時にここに来たのさぁ??」
変な空気が流れ始めているふたりの間にさっと割り込む。
「あーんVvv里美来てたんだ♪」
もう一人、高めの声がした。
「あれ、よし子じゃん。」
一応笑顔。
でも心の中では絶叫していた。
なんでこいつが来てるのぉ!!!
来るって知ってたらあたしは今夜パスしてたわ。
安藤よし子。
A・K・A・(also known asの略)オッパイ星人
特技:谷間攻撃、ぶりっ子、作り話、同情をかう事、ETC。

…つまり、あたしは彼女が嫌い。

「おひさしぶりぃ~~っ♪あれ、この人例の里美の見合い相手?」
屈託の無い笑顔のままよし子は素早くいい男(=ジエイさん)を発見した。
彼女のいい男アンテナは普段からビンビンに張り巡らされていて、何百メートル先の豆粒大のいい男も発見できるのだ!!

「はじめまして、里美さんのお友達ですか?慈英です。」
ジエイさんは2万ワットの激眩しい笑顔で返す。
「きゃあ~~、超カッコイイですねぇ。はじめまして、よし子でぇーっす。あれぇ、それ今月発売されたばっかのグッチじゃないですかぁ!!いやーん、見せて見せてぇ!!!」
気づいたらよし子は零コンマ一秒の速さで、あたしとジエイさんの間に体を滑り込ませていた。
す、すっごい速さ…。
目にも留まらぬとはこの事を言うんだわ。
っていうか…背の高いジエイさんに見えるように胸を寄せてる…ぺチャパイのあたしには出来ない高度の技だわ!!!

隣のよし子とジエイさんの話を聞いていると(といっても大音響の音楽がうるさくて耳元で話さないと全然聞こえないけど)、後ろのちーちゃんがあたしを突付いてきた。
「あんたの好みとはちょっと違うけど、ジエイさん、顔と服はばっちしじゃん。一体どこでひっかけてきたの?ちょっと抜け駆けはないんじゃな~い?」
エクステの髪をいじりながらちーちゃんは聞いてきた。

ちーちゃんもあたしと同じ渋谷マルハチビルでショップの店員をしている。
ビルの休憩所で知り合って仲良くなったのだ。
店員だけあってファッションは非の打 ち所が無い位、カッコイイ。
彼女のカッコは1、2ヵ月後必ず流行となって巷のあちこちで見かける。
皆が今日着ている服は、彼女が昨日着ていた服なのだ。
兎 に角、ちーちゃんはそんな感じで進んだ感性の持ち主なのであーる。

ちーちゃんは申し訳なさそうな顔をしてあたしに耳打ちしてきた。
「ごめんね、よし子が来たいって言って断れなくって…。他の皆は今夜忙しいみたいだし、一人でクラブ来て男連れのあんたと合流ってのも何だったし。許してね。」
「知ってたら来なかったわよ。ちーちゃんも人がいいんだから!!」
あたしは心底嫌そうな顔をした。
ちーちゃんは苦笑しながら、もう一つ嫌な情報をくれた。
「あ、そうそう、あんたに忠告しようと思ってさぁ。さっきトイレ付近でウッキー見たよ。仲間とたむろってた。見つからないように気をつけてね。」
「は?ウッキーが??う、嘘、どうしよう。」
やばっ!!
よし子だけでなく、ウッキーまでも今日クラブにいるなんて…。

ちょっと今日は早めに帰ろうかな…。

あたしは、ちらりとジエイさんを見た。
よし子にニコニコと笑いかけながら相槌を打っていた。
楽しげに話している。
人嫌いなんて言ってたけど、結構満更でもないみたい。
あ、なんかムカムカしてきた。
ムカムカしてる自分にもムカムカしてきた。

丁度流れていた音楽が変わった。
あたしの好きなラップだ。
うがーっ!!!
もう、踊るっきゃないっしょ!!!
「ちーちゃん、踊ろっ!!ジエイさん、よし子、あたしらちょっくら踊ってくるからここで待ってて。」
「はぁ?何?」
「え、里美さん?!」
「あ、いってらしゃーい、ごゆっくり♪」
3人3様の返事が帰ってきた。
ちら、と垣間見たジエイさんは困惑顔だった…ような。

知らざる聞かざる見ざるだわ!!!
ちーちゃんの腕を掴んであたしは有無を言わせずダンスフロアに引きずって行った。

 
「あの二人あそこに置いてきて平気なの??ジエイさんはあんたのデート相手でしょ?」
暫く人が一杯のフロアの、キラキラと光るミラーボールと照明の下で踊っていると、ちーちゃんは大声であたしに聞いてきた。
「いいのいいのっ。だってどう見たってジエイさん踊るようなタイプじゃないし、あたしはバーでちびちび飲んでるの嫌いだしっ。」
「ふうん、ならいいけどね~。あっ。」
ちーちゃんがあたしの背後を見て、唖然とした顔のまま凍った。

あたしの真後ろで体を密着して踊っている輩が一名。

ま、まさか…。

「ウッキー!!!!」
「よお、ベイビ~☆」

どわぁぁぁ~~~!!!
っつーか見つかんのが早い!!!
早すぎるっつーの!!

ウッキーこと宇治木芳彦は、あたしの元彼のB系男 である。
半日付き合って、即効別れた(彼の中では1週間らしい)という交際期間最短記録男なのである。
理由は、あたしが我慢できない俺様的性格と、大勘違 いと、図々しさと、でっかいアフロと神経の図太さ等々だ。
最近あたしに迷惑メールやTELをして来なくなったと思って安心してたのにぃ~~。
「とうとう耐え切れなくて俺に会いに来たのかあ?久々だな~。やっぱり今頃になって逃した魚はでかかったと気づいたらしいな。しょうがない、俺の愛で今夜も……。」
「ちげーよ、馬鹿。踊ってるんだからどっか行ってよ!!」
あたしがお尻で突き飛ばしてもめげずに体を寄せてくる。
「いやだよ~ん。せっかくこうやって久々に二人で熱くヒートアップ出来そうなのによぉ。」
っつーかあたしの腰に合わせて踊るな!!!
密着するな!!
ああもう血管が破裂しそう。

「里美は男連れなんだから、早くどっかいった方がいいよ~。」
助け舟を出してくれたのは、ちーちゃんだった。
なのに、馬鹿ウッキーは女の子のちーちゃんにメンチ切った。
「うるせーな、黙ってろボケ!!てめぇに用はねーんだよ。」
ああああ、もうムカつく!!!!!
「何ちーちゃんにメンチ切ってんだ、ボケはてめーだよ!!!ちょっと面貸しな!!!!」
せっかく踊ってていい気持ちだったのに。
「えっ、里美?!」
「いいのいいの、ちーちゃんはここで待ってて、すぐ戻ってくるから。」
あたしはウッキーの耳を引っ張って、(周りが見たら大男の耳を引っ張るなんて笑えただろうけど)トイレ口付近へ連れて行った。

ウッキーは今日もトレードマークのアフロにピンク色のお子様のオモチャのような櫛を一本さして、ダボダボのバギーパンツにレイカーズのでかジャージを着て、悪を気取ってる。
気分はすっかりBADBOYだわ…。
「何だよ、俺と二人っきりになりたければそう――。」
「単刀直入に言うけど、彼女が言ったとおりあたし今夜は男と来てるから、このクラブでは…このクラブ以外でも、金輪際あたしに関わらないで!!」
バチンと、平手打ちを一本ウッキーに食らわす。
いつも悪ぶってるけど、こいつの扱いには慣れていた。
「なんだよ~~。久々に会えたってのによぉ…。ハグぐらいくれよ、里美ィ~~~!!!!」
狭いトイレの通路で、半泣きのウッキーはあたしに覆いかぶさった。
いや、正確には覆いかぶさろうとした。
「ちょっちょっちょ、やめてよ!!!!」
股間に膝蹴りを食らわそうとして、あそこに狙いを定めていたら…。

ウッキーが一瞬止まって、それからその場に崩れ落ちた。

は?何が起きたの????

「里美さん!!!」
ウッキーの巨体が沈むと、背後にジエイさんが立っていた。
ウッキーは泡を吹きながら倒れている。
「ちょっ、まっ…。ジエイさん何やったんですか?」
フロアに伸びているウッキーを踏みつけて、ジエイさんが目の前にやって来る。
チョークスリーパーですよ。大丈夫、時期に起きるでしょうから。…それより、里美さんは大丈夫ですか?何かされませんでしたか?」
茫然としているあたしの目に、心配顔のジエイさんの表情が映る。
「ちょーくすりーぱー?」
それって、格闘技じゃない?
ジエイさん、インドアの男(機械オタク)じゃなかったの???
「あ、駄目駄目、真似しないでくださいね。これは僕でも結構リスキーな技ですから…。」
言いながらあたしをギュッと抱き寄せる。
あれっ?
気づかなかったけど、微かなコロンの匂いがする…。
これ、V・Sのベリーセクシーだ…。
真似も何も、チョークスリーパーなんか普通の人には出来ないけど…意味がわかんないぞ??
いつ、どこで、どうしてジエイさんはあたしがここに居るって分かったんだろう??
「生憎踊れないもので、バーでずっと里美さんの様子を見ていました。怪しげな男が言い寄っていたので心配で心配で…。」
こーんな暗闇の人ごみの中であたしが見えるなんて…ジエイさん、あなたは一体何者!!!!
「あ、あの…よし子は?」
「ああ、ダンスフロアのちーさんの所に行ってしまいましたよ。僕が里美さんの事ばかり聞いて、彼女の話に適当に相槌を打っていたのがいけなかったみたいです。ああいうタイプは苦手なもので…。」
また一段と強く抱きしめてきた。
い、息がぐるじ~~っ。

っつーか、突然何なんだろうこのシチュエーション//////////。

「僕としては、もうこんな人ごみは充分なんですけど…。里美さんはまだ踊り足りないですか?」
超至近距離でジエイさんはあたしを見下ろしてきた。
瞳が潤んでいる。
あああああ~ちょっとその小さい整った顔がぁ~~~!!!
心臓がバクバク鳴っている。

そんなあたしをよそに、ジエイさんは突然ハッとした顔になった。
「ああ、今頃思い出しました。ジャック・ダニエルズですよ!!ああ、ずーっと思い出せなくて気持ち悪かったんです。これで三人の賢者の名前が揃いましたよ。ジョニー・ウォーカーとジム・ビームとジャック・ダニエルズだったんですね。」
あたしを抱きしめたままのジエイさんは一人ブツブツと呟きながらも満足気である。
それより、ここから早く脱出しないと、ウッキーの仲間に見つかったら大変!!!
「はあ…思い出せて良かったですね。それより、やっぱりちょっと外を散歩してみますか?」
あたしの心臓はまだドキドキしていた。
っつーか、こんなに意識しちゃって…。
実は、もしや??


信じたくないけど、心臓はあたしの理性より正直だった。



<用語集>
スリーワイズメン(三人の賢者) ⇒ ジョニー・ウォーカースコッチとジム・ビームウイスキーとジャック・ダニエルスウイスキーを開発した“3人の酒造者=賢者”という意味。この三つを三分の一ずつ混ぜて作るお酒です。
B系 ⇒ ブラック系の略
V・Sのベリーセクシー ⇒ 日本にも進出した(らしい)アメリカ大手下着会社Victoria’s secret社が発売しているメンズコロン。甘くて上品な香りにOSEIもメロメロです。
チョークスリーパー ⇒ 喉を絞めて気絶させる格闘技。真似しないように。

<ひとこと>
またもや展開の速さについて行けなかったらゴメンなさい。今回キャラ多すぎだわねぇ・・・でもこの小説はルール無し!!で突っ走ってますから。一応山場は越しました。どきどきしっぱなしの里美さん。次回は最終回です。

ささやかな見返り    10.01.2007
“ささやかな見返り”


「僕は小さい頃肥満児で、物心ついた時からダイエットと精神鍛錬と誘拐防止の為に、無理矢理柔道と空手を習わされてたんです。最初は嫌々習っていましたよ。でもそのうちラジオやコンピューターの改造に興味が出てきて、時間や食事を忘れる程熱中しだしたんです。そしたら自然と痩せてしまいました。」
六本木駅そばのアナンドという店の前でお迎えのリモを待っていると、ジエイさんが口を開いた。
上品にふふふっ、と笑っている。
え?肥満児だったの?
こんな無駄なく引き締まった細い体してるのに、想像出来な~い!!!!

「空手は今でも続けているんですけどね。精神統一に役立っています。」
凄い!!
だからウッキーを眠らせちゃったのね。
二十年以上もやってりゃもちろん黒帯で段持ちなんだろうな。
やっぱジエイさんって、只者じゃないわ…。

「なんか…驚きでした。」
薄手のコートだからか、あたしの声が寒さで少し震えているのに気づいたのか、ジエイさんは再びあたしをコートの中に包んだ。
自然とジエイさんに寄りかかる体勢になる。
体温が暖かい。
ひええええぇぇぇ~~やめてぇ~~~~!!!
と心が叫ぶ。
「ああああの、大丈夫ですからっ。」
との小さな言葉は、ジエイさんの深い溜息としみじみとしたこの一言でかき消された。
「僕は何故だか里美さんが傍にいると落ち着くんです。不思議ですね。」
落ち着くですって?
あたしは全然落ち着かないんですけどっ。
ドキドキドキ…。
「は、はあ…。」
「里美さんと居ると、研究している時のように時間が経つのが早いんです。時間の感覚を忘れてしまいそうになるくらい、楽しいんです。」
「それは……光栄です」
光栄、なのか?
「だから、さっきあの男の人が里美さんの傍にいるのを見て、僕以外の男と楽しそうにしている里美さんを見て、とても不快な気分になったんです。なんか、こう、二人の姿を見ていたら胸が落ち着かなくて、不安で…。話をしていてもよし子さんの言葉が耳に入らなかった。いけないと思いながらも気づいたら体が里美さんとあの男の後を追っていました。」
「あ、え…?」
ってか、あたし楽しそうに見えたの?
とてもとても不快だったんですけど。
それにしても……。
恥ずかしくって顔が上げられない。
あたしは俯いたまま無言でいた。
いや、実はこんな純情な気分になったのは案外久しぶり…かも。
「あ、リモが見えました。」
頭の上でジエイさんが呟く。
あたしも頭を上げた。

その瞬間。
小さく、柔らかいキスが降って来た。
「え?」
って感じで、気づいたらもう離れていた。
ほんのちょっと触れ合っただけの小さなもの。

「じ、ジエイさん?」
見上げると、いつもの笑顔にぶつかる。
「あれ、恋人同士がキスをするのは普通の事ですよね?」
「こっこっこいびとぉぉぉ~~~!!!」

誰か教えて。
うちらいつから恋人同士になったの?!!!!??
っつーか聞いてないし言われてない!!!!
今日はお見合い後始めてのデートで、ディナーの時婚約解消して(あたしの中では解消された事になっている)、そしたらそのまま成り行きでクラブに来ちゃってて…。

「あのぉ、これ……。」
ジエイさんは頭が混乱しているあたしにお財布の中から紙切れを一枚取り出して渡してきた。
とりあえず受け取って、開いてみる。

「っっっっ!!!!」
思わず声にならない声が出た。
あたしが広げた紙切れは、彼の健康診断証明書だった。
身長体重はともかく、心拍数や脈拍数、それにHIV検査から精子の数まで(どっかーん!!!!)びっしりと検査報告が書かれている。

「ちょっと待ってください、こんなんあたしに見せてどうしろっていうんですか!!!」
見てはいけないものを見た気がして、慌てて彼の手に押し戻した。
あたしは吃驚顔でジエイさんを見上げる。
「え?ですから、僕は至って健康体ですので安心してください。僕は性交渉初めてなんですけど、里美さんに支障はない筈です。」
「健康体、性交渉、初めて……?はぁ!?せ、性交渉???!!!ど、どういう意味ですか???」
あたしは彼の童貞発言にビビリまくっていた。
「精子の数も至って正常ですから、里美さんがお望みであればいつでも明るい将来計画を進められますよ」
「明るっっ……!」
再び言葉を発しようとしたあたしの唇にそっと指を置くと、優美に表情を引き締めてジエイさんは真面目な顔になった。
「里美さんの顔は先ほどからずっと赤くなっていたので、貴女の好みの男になれたのだと思っていたのですが…。」

好みの男、好みの男……。
そういえば、変な約束させられたような……。

嫌な予感。
「ささやかな見返りを求めたらいけませんか?」
すっごく、すっごくセクシーにジエイさんは聞いてきた。
うきゃあぁぁぁ~~~~!!!
直視できなひぃ~~~!!!
「見返りって……。」
何ですか???!!!
と聞く前に、ジエイさんがあたしの言葉を遮った。
「今夜は帰しません。貴女と一緒にいたいという僕の我侭を聞いてくれませんか?」
強く抱きしめられると、店の前に横付けされたリモに半強制的に連れ込まれた。
「里美さん、貴女の事が好きです。初めてお会いした…あの日から。」
キラービームであたしをメロメロにしながらも、ジエイさんは愛しそうにあたしの髪を撫でた。
っていうか、これから何が起きるの?
あたし達は一体どうなるわけ??
「ちょっと待って、ジエイさぁぁぁ~~~~~ん!!!」
との叫び声は、空しく夜の街の喧噪にかき消されてしまった。




なんか、いい匂いがする…。
翌朝、あたしはベッドの横の銀色のトレイの上に乗ったクロワッサンとスクランブルエッグの匂いで目を覚ました。
寝ぼけ眼でそれらを見つめる。
「あれ…?」
うちのママってこんなの作るっけ?
ママの定番は納豆とご飯と味噌汁と焼き魚か、面倒くさい時はコーンフレークで…。
それに、ベッドがふかふかだ。
「里美さん、起きましたか!!」
ん?
どっかから声が聞こえるぞ…?
低血圧なあたしに朝っぱらから話しかけるなんて、一体どこの誰よ!!!
「コーヒーを一杯いかがですか?それとも、先にシャワーを浴びますか?」
声の主はだんだん近づいてくる。
っていうか、この声は…。
「ジエイさん…?」
ジエイさんはいつものタートルネックセーターにスラックスという格好で、あたしに近づいてきた。
「いたたたた…。」
体が変に痛い。
特に、腰と内股の辺り…。
ちょっと待って!!
頭ががんがん痛むし思い出せない!!
昨日は確かクラブを脱出して、そのままリモに乗ってワインを飲んで…っていうか飲まされて…。
「昨晩はとても素晴らしい時を過ごせましたね。」
言いながらジエイさんは、ベッドの脇に腰をおろす。
「僕は、里美さんに似た女の子がいいと思うんですが…。」
女の子!!??
昨晩!!??
「ちょっと待ってジエイさん!!あたし何にも思い出せなんですけど…?」
体を起こすと、今まで見たことも着たことも無いシルクのパジャマを着ている事に気がついた。
ジエイさんは昨夜立てていた短い髪をまた7:3風に分けて撫で付けている。
その下の形良い眉が寄せられた。
「覚えていないのですか?あんなに…いえ、その、情熱的だったのに…。そういえば、ワインをずいぶんと飲んでいましたね…。」
嘘っ、情熱的??
それって…。

ジエイさんの手が伸びてくる。
そのままあたしの頬っぺたに触れた。
どっくん、どっくん、心拍数がいきなり上がる。
今日はいつもの格好のジエイさんなのに、あたしの鼓動は昨日と同じ速いペースで鳴っている。

ジエイさんは、プッと噴出してあたしのおでこに小さなキスをした。
「里美さん、眉毛が両方とも消えていますよ。それに、目元も真っ黒です。シャワーを浴びられた方がいいようですね。」
はっ、眉毛!!!
やばい、化粧落とし忘れたくさい…。
嗚呼、肌年齢がぁぁ!!
慌ててごそごそと化粧ポーチを探っていて眉ペンがない事に気づいた。
「げっ。」
どうしよう。
またあたし麻呂状態…。
独りで焦っているあたしを諭すようにジエイさんは言う。
「里美さんは、里美さんです。僕は貴女がどんな姿をしていても、美しいと思いますよ。」
「あたしは、あたし…。」

そっか、そうなんだ。
あたしは、あたしなんだ。
どんな姿をしているにしたって、中身は一緒。

ジエイさんは人を見た目という「ものさし」で計ったりしない人なんだ。
とっても綺麗で、とっても純粋で、だけどとっても鈍感で…。


突然、変に世間慣れして、物質主義的な観点で物事を見ていた自分が恥ずかしくなった。
「こんな僕では、駄目ですか?」
珍しく、ジエイさんは照れて視線を逸らしながら聞いてくる。
これって…何?
こ、告白か何か??

派手派手貧乏女と地味~な金持ちお坊ちゃん。

凸凹カップルだけど、ま、いっか…なんて思っている自分がいた。

「駄目…じゃないです…けど。」
あたしの間抜けな返事にニッコリと微笑むと、ジエイさんはあたしの手を取った。
「良かった。さっ、浴場へ案内します。」
手を引かれ、あたしはそのまま大理石の浴場へ連れて行かれた。


あたしの左手の薬指にでっかいダイアモンドのリングがはまっている事に気づいたのは、シャワー中の事。

しかもプール並みの大きさの泡風呂の中に落として無くしかけたなんて、ジエイさんには口が裂けても言えない…。


<完>




<あとがき>
結構短い連載でしたが天然記念坊ちゃんの慈英さんと、超元気女里美さんの恋愛話を飽きることなく付き合ってくださいまして、本当に有難うございました。
実はこの話、本編の仁神堂に煮詰まって気分転換に書いた短編なんです。丁度、ちょっと変わった男の話が書きたいなぁ、と思い始めた矢先偶然思いついた設定で、更新したら思いのほか好評で連載してしまったというわけです。大した山場もオチも無い話ですが、ただひたすら楽しんでくれたらお聖も嬉しいです。
この作品のキャラ達は皆濃いですが、結構OSEIの周りの友だちがモデルだったりします。一番のお気に入りは飛び入り参加で登場のアフロのウッキー君なのですが、皆さんはどうでしたか?
皆さんのご意見、ご感想等待っています!!!
愛理は見た!    10.01.2007
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 あたしは悟ってしまった。

健人を。
異性として、弟以上の存在として、見ている自分に。

もっと健人を欲している自分に……。

今更だよね。
ずーーーーっと普通の姉弟じゃしないような変態ちっくな事二人でやってたのに。
実は、肉体的に、何度も何度も健人を欲してた。

それに歯止めをかけていたのは、「理性」と「常識」という二文字で…。


ほんと、今更だ。


健人の唇は、静かに離れていく。

思わず、離れて行かないで!
と、声を出しそうになる。

だけど。
あたしを見下ろしながら、健人は肩に置いていた手すらも離してしまう。
あたしと目が合うと、すぐに逸らしてしまった。

健人の瞳には、透き通るように透明な潤みを含んでいた。

……泣いてる?

何で?
「健人!」
思わず掴んだ腕を、思いっきり振り払われて……。

“愛理の、裏切り者”
素早くあたしにそうサイン(手話)を送ると、そのまま健人は踵を返して人ごみの中に紛れそうになる。

あたしは咄嗟に、追いかけた。
そんでもって、後ろから飛び掛った。

「っぁっ!」
健人が声にならない声を上げる。
そりゃそーだろ。
あたしが飛び掛るなんて思ってもみなかったろうから。

でも、びくッと動いた体は、そのままの姿勢で止まった。

「逃げんな健人!!ばっかやろう!!」
あたしは健人の背中にしがみつきながら、首に腕まわしながら、喚いた。

ボロボロと涙が零れ落ちる。
ってか、化粧ぐっちょぐちょ。

健人が観念したみたいにあたしの髪を撫でて、ゆっくり首の周りに絡みついた腕を解く。
今回、健人は逃げなかった。
頭の上に置かれた手はそのまま、あたしに向き直る。

“まだ、言いたい事があるの?”
また感情を消した顔で、そう訊ねる。

あたしはボロボロの顔で健人の顔をじっと見返した。
健人の黒い瞳が少し細まる。
「キス逃げなんて、健人の癖して許さないからねっっっ!!!それに、宇田川に何かしたら、あたし健人を一生軽蔑する!!口も利かないし…って最初ッからそれは無いけど、一生しかとし続けるから!姉弟の縁切るからねっっ」

健人がじっと見つめたまま、手を挙げる。
無表情のままで。

“愛理は、あいつの事が好きなの?俺が何しだすか心配な位?”
“好きか嫌いかで言ったら、嫌いじゃないよっ。でも、別に付き合いたいとかそういう好きじゃないっ”
あたしは深く考えず咄嗟にそう返した。
健人が口の端を引き上げてフッと笑う。
“嫌いじゃないからって、男となら誰とも寝れるんだ、愛理は?”
「男と寝るって……あたしだってそういう事する権利あるんだからねっ。先っちょの1つ2つ入ったからってっ………」
思わず、声に出して答えてしまう。
その言葉と同時に、強く腕を引かれる。

「痛いっ!」
ずんずんと歩を進める健人は、あたしにおかまいなしで。
半ば引きずられるように数歩歩くと、あたしは路地裏に連れ込まれた。

薄汚い居酒屋みたいな建物の壁と健人に挟まれた格好になる。
「痛っいな!乱暴はやめなさいよねっ」
少しだけ大げさに振舞って、目の前の健人を睨むように見上げる。

健人はあたしの顔を、険しい顔で見下ろす。
弟ながら、怖い。
“愛理の権利って何?男とやりたいだけ?欲求不満?じゃあ、俺と最後までしてみる?避妊ちゃんとしてたら、俺とでも大丈夫だよね?”
すんごい速さで手話してくる。
「ば、ばっかじゃないの?なななな何言ってんの?もう、絶対絶対ずえぇぇぇーーーったい健人とはえっちぃ事しないからねっ!!!」
あたしの唇の動きを読んだ健人は、ニヤリと笑う。
“じゃあ、あのタレントの男がどうなってもいいの?”

パンッ!

って、気づいたら健人の頬を打ってた。



ほんと、手が勝手に………。
なんて言い訳今更だよね。



打たれた頬を手の甲で軽く押さえて一つ溜息をつくと、健人は怖い顔のまま手話であたしに話してきた。

“人間て、誰もが光の部分と闇の部分を持ってるよね?俺、根暗だし、人付き合いとか嫌いだし、他の人よりきっと闇の部分をかなり多くを持ってて…多分、愛理の想像以上の闇を抱えてる。たまに考えすぎて、頭がおかしくなりそうなんだ。答えの解らない事考えるのが、腹立たしいし辛い。ただでさえ耳が聞こえないのに、生きてる意味あんのかな、死んだら楽になんじゃないのかなっていつも考えてる”

そこで手話を切って、健人は一息吸った。

ぽつ、ぽつって肌に滴が落ちてきた。

”俺は…純粋で単純で、いつも太陽みたいな愛理とは正反対の人間だよ。健やかな人なんて名前なのに、全然健全じゃない。愛理と会話を通して、愛理の弱みにつけこんだり、性的対象としてみながら愛理の人生をコントロールしようとするような人間だよ?愛理との脳内会話を利用して、愛理の行動全て把握してなくちゃ気がすまない。愛理の考えてる事が解らないと、死ぬほど恐ろしくて怖い。もう頭のオカシイ、サイコな人間の典型だよ。何度も愛理と姉弟じゃなければ良いのに、って願った事か。役所まで行って、謄本も見た。結局そんな馬鹿な望みは砕け散ったけどね。愛理と血は繋がってるし、俺は愛理の弟だけど…”

やばい、健人の顔がまたゆがんで見えてきた。
これって、涙?
雨?

あたしは腕で目を擦る。
黒茶色の絵具みたいな色が腕に付く。

…化粧だ。



“俺にとっての性的対象は、ずっと愛理だから。俺……”
健人はしきりに手を動かして、続けようとする。



駄目。
健人。
それ以上続けちゃ、駄目だよ。


頭を振りながら、あたしは健人の言葉を遮ろうと、耳を塞ぐ。


耳を塞いだって、意味が無いのに。

ああっ、あたし混乱してる。

解ってた。
知っていた。

だけど、健人の口からその言葉を聞きたくない。

聞くっていう事は……自分の気持ちを肯定してしまいそうだから。
もっと健人を欲してしまうだろう自分に。



なのに、健人は…健人の手は残酷にもその先へと続く。

涙で歪みながらも健人の手に貼り付いてしまった、視線。






”愛理が好きだ。ずっとずっと、生まれて初めて愛理の声が俺に届いた時から、ずっとずっと、好きだった。姉としてみた事なんて、一度も無い。愛理以外の女、愛せない”






相変わらず怖い顔だけど、健人の真剣な双眸から目が離せない。

“だから、愛理があいつとどうこうしたいって言うのなら、俺邪魔するから。愛理の声がまた聞こえるようになるまで、俺は諦めないから”

そういい終えると、さっと踵を返す。




さっきとは違って。
あたしは、雨に濡れたまま。
凍りついたように、その場から離れられなかった。

去っていく健人の後姿すら見れずに、ぽつぽつと洋服に広がっていく濡れた雨の染みを眺めていた。














 家に帰る気には全然なれなくって、あたしはそのまま目に入った近場の漫画喫茶に入った。

もう、こーゆー時は漫画でも読んで現実忘れるしか無いっしょ??
あたしは小さなソファーが置かれている畳一畳にも満たない小さな空間に収まると、ふうーーーーーっ、と大きく溜息をついた。

てか、てか、あんな展開あり??

そりゃあ、いきなり健人と脳内会話出来なくなっちゃったのにも驚いたけど……きっきっきっキッスまでしちゃったし…。
てか、外国では挨拶代わりらしいけど、家族間でもするらしいけど。
でも、でもっ。

そっと、唇に触れてみる。
やば。
唇に残る、健人の感触を思い出す。

ドキドキしてきた。

予想以上に、温かくて、滑らかで、やさしくて……。

ちょっと待って!
キスごときで何あたし切なくなってんの??
キャラじゃないよね?
「っつーか、舌の1本や2本の侵入なんて大した問題じゃないよね。しかも弟とさっ。あはははははっ」
と、笑ってみる。

シーーーーーーーーーーーーーーーーん。

空振り。
でも……。
体に火がついたみたいに、熱い。
気付くと脳裏に浮かぶ、さっきの健人の表情。

しかも、弟に。
実の弟に、告られた。
「付き合ってください」「好き」を通り越して、「愛理以外の女愛せない」とまで言われた。
24年間の人生でずーっと待ち望んでいた言葉を、弟に言われてしまった。

その上、自分も健人とのキスに反応してしまってる。
いや、多分、それ以上。

異性として、意識してしている。

弟じゃなくて男としての、健人を欲してる。

「はあっ……」
また、溜息。

何考えてるんだろ、あたし?
宇田川とは、全然あんなに切ない気分にならなかったのに。
むしろ、処女喪失って事実にスッキリしたというか、モヤモヤが取れたというか。

あ、そういえば。

鞄の中から携帯を取り出す。

また、入ってる。
宇田川からのメール。
>おうおうおうおうっ。しかとぶっこき続けるなんていい度胸じゃあございませんか?宇田川さんも、人気が落ちたんですかねえ?
今、バラエティーの収録中。あんた見たことある?水曜夜8時にやってるから、観とけよ~~ん。

じーーーーっと暫くその文字を見つめてから、パタンと携帯を閉じる。
そして、また開いて携帯の液晶画面を見つめる。

宇田川は、ホントにいい奴だ。
あれから……何度もあたしにメールをくれてる。

多分、気遣って。

宇田川の事考えてると、健人との変な空気とか気まずさとかを忘れられる。

>バラエティー番組なら、知ってるよ。あんたらメンバーが色んな事挑戦してるやつだよね。興味無かりけり。完了形。

あたしはそう打ち込んで、送信ボタンを送る。

返事は、即行来た。
正直、驚いた。
>生きてるならもっと俺様にメールしろ。心配させんなバーカ

そして、そのまた1分後に2通目が来る。
>電話していいか?

ほら、また気遣ってる。
あたしが「うん」と言うまで、多分こいつはあたしに電話してこない。

あたしは、宇田川に甘えてしまっていいのだろうか?

健人に抱いてる変な感情を、打ち消してくれるかな?
……なんて卑怯な事を考えてる。

いや、でも……。
このままだと、健人は宇田川に何をしでかすか、解らない。

多分。宇田川の為にも、あたし自身の為にも、これ以上関わらない方がいいと思う。
>あたしも話したい事あったから、電話かけて。変な噂とかに、気をつけてね。

あたしはそう、メールを打って返した。
噂なんて、気をつけるも何も無いけどさ。

>噂?わけわかんね。お前まさか俺のアレについて週刊誌に売り込んだりしねえよな?とりあえず、収録終わったら電話する

宇田川のメールを確認してから、電話を閉じる。



結局漫画を読む気にもなれず、飲み放題のカルピスを飲み干して、あたしは漫画喫茶を早々と出た。








電話は、帰宅途中の駅の改札口を丁度出た所でかかってきた。
夕立ちのような雨が止んで、空には星が輝いている。

「よう。ちゃーんと生きてるじゃねーかっ。なのにしかメールってどういうこってすかね?しかも、『思い出をありがとう』とかいつぞやの青春ドラマですか、お姉さん?」
「もしもし」って出た後、宇田川の開口一番がコレだった。
「そっちこそ、元気そうじゃん」
ってか、普通そうで良かった。
でもそれが逆に、言いづらい。
「ああ、ひっさびっさのアレでエネルギーチャージした」
「アレって、あれ?トンネル工事?」
「自分で言うかフツー?そ。トンネル抜けたら、そこは雪国……ってちげーよっ!」
「自分で突っ込んでるよ。あんたアイドルだよね?お笑いの人じゃないよね?」
「ちゃいまんねんっ。って言わせんな!っつか、お前からだ大丈夫?」
「ああ、あたし頑丈で健康なのがとりえだから」
「次、いつ会えんの?」
で、出たぁぁぁぁ~~~~!!
単刀直入すぎるよ。
「次……はもう無いんじゃないかと……」
「はあぁぁぁぁぁーーーー?!!あんた、やり逃げ?この俺様をやって捨てるって魂胆ですか?」
「やり逃げ?!って立場違うだろっ!!」
思わず、突っ込む。
どこまで本気なんだかわかんない。
「別に、セックスしてーとか言ってねえよ。あんたと会って、ふつーにビデオとか映画とか観たいとか言ってんの」

あ。
ちょこっと、声が本気…てか真剣っぽかった。
でも……。

「あたし、あんたと関わって、ファンや事務所から嫌がらせ受けたり、一家離散とかブラジル移住とかイヤだからね」
「あー、あんなの嘘に決まってんだろ?ってか、バレなきゃいいし」
いや。
バレるも何も、健人が絡むと……大変な事になる予感が……。
「とにかく、仕事忙しいし、アパート探しも大変だし、今……ちょっと家庭の問題もあって宇田川と遊んでる時間無い。貧乏ヒマなしってやつ」
まあ、家庭の問題っていうより、弟が問題なんだけど。
「家庭の問題って、弟?」

「ぅえ?!お、弟?!ななななにがっ」
こ、こいつ、鋭い!

「お前思いっきり動揺してんだけど……んで、弟が何?」
「何って、何って、べべべべ別に!!!」
ああああああ~~~~~~~~~!!!!!
演技力のない自分を呪う。
「あの弟、そういや前会った時俺に思いっきりガン飛ばしてたよーな。っつか…お前可愛い弟持ってるからって、過保護も程々にしろよ」
「別に、過保護じゃないよっ。ただ、うちの弟、ちょっと度を超す姉思いなだけで、それもいわゆる家庭の事情っていうか……」

度を超す…じゃないよねぇ。
この間、告られたし。
だから家庭事情っていうより、姉弟事情っていうか……。

やや間を置いて、宇田川が不納得そうな声を出す。
「俺、見かけによらず、すんげー独占欲つえーし、負けず嫌いなんすけど。知ってた?」
「知らないよっ。とにかく、宇田川とは、もう遊べない。会わない方がいいと思う」
あたしは、勇気を振り絞ってその言葉を紡ぎ出す。

暫くしーんとした沈黙が続くと、
「ふーん。そっか。そんなら、しゃーないわな」
と、明らかに落胆声で宇田川が返してきた。


なんか、調子狂うわ…。
でも、身のためだし。
「じゃあ、ホント、色々と有難う。宇田川も元気でね」
「おう、お前もな」







とあっさりと電話を切った翌日。

そう、翌日。


もう一生関わらないと決めた宇田川と、また仕事で関わる事になってしまった。
 


「おっは♥」
オフィス入ったらいきなし、宇多川が居た。


「うわああ!!」
ビックリして、思わず大声を出してしまった。
「はあああああああ?????なんであんたここ居んの?もう水着のキャンペーン終わったんでしょ?」

企画部のオフィスの入り口横の小会議用長テーブルで踏ん反り返ってる、帽子と眼鏡の男は、紛れもなく宇田川だ。

「人気者の宇田川様に、また仕事のオファーが来ましたとさっ。うぃんたーの到来。冬のスノボーグッズのイメージキャラクターに選ばれた。ってか、夏の水着がすんげー好評だったから、正式にあんたの会社のイメージキャラクターになったらしいぜ、俺」

え、そうなの?
いつから?
翠さんは?

「そーんな脳内〇プリの問題解いてるみてーな顔してんなよ。IQは60ぐれーだな。あんたんとこの企画班Bの連中と、会議があんの。俺」
「IQ60って失礼ねっ。でも、え、あんたのマネージャーは?」
「俺がここに早く着き過ぎたみてー。今こっちに向かってる」
あたしは腕時計を見る。
8時45分。
「あ、会議は9時から。ってか、11時ぐれーには終わるみてーだし、俺夕方まで仕事ねえし、昼飯一緒に食わねー?」
「あのー、大変言いにくいんですけど、あたしあんたと会わな……」

ガンッ!
「うわぁっ!」

って、突然凄い音。

「わりー、蚊が止まってた」

宇田川が拳を押さえながら涼しい顔で、真っ二つに割れた長テーブル見つめてる。

お、おそろし~~~~よぅ~~~~~~~~。

「って、え?何?聞こえなかった」
って宇田川が返すのと、突然の破壊音に「どうした!」と長テーブルの場所に企画部の社員が集まる。
「ちょっと、宇田川さん!大丈夫ですか?お怪我はないですか!!」
「あー、すいません。ここに最初から小さなヒビみたいの入ってましたよね?いじってたら割れちゃって……」
心底すまなそうな顔で、頭の後ろに手を置いて、宇田川が謝ってる。
演技派と呼ばれてるだけあるわ。
露程も悪いと思ってない癖に、もろ、演技。

その前に、割れ方おかしいだろ?
やけに空手ちっくな割り方だったろ?

「いやいや、宇田川君に何かあったら、大変だよ。君の事務所に我が社が訴えられる事があったりでもしたらわしの首が(ボソッ)…いや、怪我が無くて良かった。はっはっは」
部長がバーコードの額にハンカチ当ててる。
ってか、冷や汗かいてた?
「じゃあ、朝倉さん。手話は昼休みに教えて頂けますか?」
あたしがこの騒動に紛れてそそくさと去ろうとすると、宇田川があたしの腕を引いて引き止める。
「え、宇田川君が手話?朝倉さん手話なんて出来るの?知らなかった~~」
企画部のお局の栗本さんが、てきぱきとこぼれたお茶とか木の破片とかを拾い上げながら宇田川に聞き返す。
「役作りで、まあ……あ、手伝いますっ」
宇田川が、さわやかアイドル気取ってそそくさと雑巾で拭い始める。
「君はうちの会社のイメージキャラクターだからねぇ。ああ、掃除は結構ですよ。そのかわり、うちの娘にサインを一枚…(ボソッ)いやいや、朝倉さん、ちゃんとおしえてあげなさい」

ぶ、部長までっ!

あたしは一礼して、自分のデスクに向かう。

目の端で、宇田川があたしにウインク送ってきたのも、ばっちし見えた。

「朝倉さん、不純異性交遊は会社の外でね」
久々に朝早くから出社してる門田さんは、一連の騒動を見てたらしく小さく一言あたしに漏らす。


ああもう。

あたしの運命の嵐は、これから起きるのだった。

 



 「これ」
ポーンっと喫茶店のテーブルに放り出されたのは、クリアホルダー。
そこから見える、部屋の間取り図(らしきもの数枚)とクリップされた名刺。
「あんた、アパート探してんだろ?」
その後、どかっと椅子の上に腰を下ろした宇田川があたしに顎で見てみろって示した。
「え、そんな事宇田川に言ったっけ?ってか……三茶(三〇茶屋)のアパートしかないじゃん…」
「そ。俺様の家の近所にしておいた」
「あんたの家?って、あのスケスケえっちい、悪趣味なガラス張りの…?」
「ちげーよ、もう1つの方。家が近けりゃ、もっとあんたと遊べるし」
宇田川がウェイトレスに飲み物を頼んで、じぃぃぃぃーーっとあたしを見つめる。

うげっ。
「あ、あんま見ないでよ!」
て、照れるじゃんか!

「あんた、鼻毛1本出てる」
「は?」
「右側。鏡で見て見ろよ。っつか、抜いてやろーか?」
「けっこーーーーーーっすっ!!」
慌ててバックの中から手鏡を取ろうとすると、
「嘘だよーーーーん」
って、ゲラゲラと宇田川が噴出した。

ぶぶぶぶ、ぶっ殺す。
一瞬マジで焦っちゃったじゃないの!

「もう、用事がそんだけなら、あたし帰るから!お昼休憩短いし、仕事戻んないと」
「短気は損気ですわよ、お姉さん♪」
「女言葉使うな!気持ち悪いなあ」
ずずずずーーーーって、頼んだジュースを飲み干して立ち上がろうとすると、宇田川がまるで計算してたみたいに、「あのさー」と切り出す。
グラサンで表情は見えないけど、テーブルに両腕置いて下向いてる。
「明後日の土曜日、ヒマ?」
「忙しい。もう、宇田川とは…」
「宇田川じゃなくて、光洋って、呼んでみ?」
「は?光洋?」
「疑問系でハテナマークつけないで、普通に」
「普通って…光洋。それが、どーしたの?」
「何でもねえよ。愛、理」
「………」
………。
は?
なんなんだ?
愛理って所が、やけに棒読みってゆーか、力入ってるってゆーか。

宇田川、下向いてるし。
ってか、口元ニヤけてるし。

「いや。やっぱ下の名前で呼び合わないと、って思ってたんだよね、俺」
「下の名前?」
「何でもねえ。それより何?俺、何かした?何で俺を避けてんの?」
「別に避けてるっていうか、言ったでしょ?ブラジル移住はイヤだって」
「つーかコレが、俺だし。俺の職業は特殊だし、まあそれについてあんたに異議や文句あったとしても、俺はなんにも言えねーけど。それでも、人生って酷だよなーっ。俺、久々にマジで好きになった女に、冷たくされてるしぃぃぃ」

や。
だけど…って、そんな事言われても困るよ。

あたしが明らかに困惑顔だったのか、いきなり宇田川が笑い出す。
「っつか、ぶっさいくな顔して考えてんなよ!あのさあ、俺さぁ、マジで考えてたんだけど……」

しーーーん。

み、妙な間をあけてから、宇田川が続ける。
なんなんだ、この緊張感を煽る間は!

「あんたら兄弟って、やっぱそういう事してんの?」
「そっ……ししししししてない!……てか…」
「てか?」
両手を顎について、じぃぃぃぃ~~って見られてるんですけど。

1つ溜息をついて、あたしは席に座りなおした。
「あのね。あたしと健人って、普通の姉弟とちょっと違って…喋らなくても意思疎通が出来るっていうか…」
テレパシーで伝達しあってます!
なーんて宇宙人みたいな事言えないっつの!!
「言葉に出さなくても、分かっちゃって…」
「ってか、愛理のリアクションが単純で解りやすいだけじゃねえの?」
「し、失礼ね!そうかもしんないけど、でも、そうじゃないの!あたしが健人の声になってあげてる時とかもあって…だから、多分、あの子あたしに依存してるんじゃないかなーって…」
「でもアレは、姉に依存してるって眼じゃなかったと思うけどなぁ」

いや。
してない。
はっきり言うと、あたしの方が依存してるかも(色々直してもらったり、勉強教えてもらったりだとか…)

ゴホンって一応、咳払い。
「とにかく、健人は血の繋がった弟だからっ」
そう。
それ以上は無しにしなきゃ。
たとえ健人に…それ以上の想い抱いてても……。
って、抱いてないよ!(←1人突っ込み)
無いよね???????
無いさっ!!あははははっ。

「何、眉間に皺寄せてんの?弟の話はまたとして、とりあえずじゃあ、土曜な。後でメールすっから、俺様に時間が有ったら家探し付き合ってやる」
「俺様って、何様ですかあんたは!付き合ってやるじゃなくって、付き合いたいの間違いだろ!」
ボフッってバックで宇田川の顔面ストライクさせると、あたしは「じゃあね!」と言ってカフェを後にした。
「またな、愛理」
って聞こえたけど。
何でか、宇田川の顔が見れなかった。
宇田川があたしの事「あんた」から「愛理」に変えてたのも気づいてたけど、しかとした。




「あの、お姉さん!」
残業も無く定時に仕事を終えて銀座のBREEZEのビルから出ると、可愛らしい声が後ろからかかった。
「悦…子ちゃん?」
ふんわりと可愛く髪の毛を巻いて、巨乳なのに(う”ら”や”ま”じー)スラリとした悦子ちゃんが、小走りにこちらに走ってきた。
「あれ?どーしたの?」
てか、何で悦子ちゃんがうちの会社のビルの前に居るの?
キョトンとしてると、悦子ちゃんは女の子らしくあたしに一礼する。
「あの、待ってたんです」
「え?あたし、を?」
「はい」
悦子ちゃんがあたしを待つって事は…もしかして、もしかすると?
「あの、健人君の事で……」
やっぱし、ね。
「お姉さんの番号とか知らなかったし、家で待ってると健人君に会っちゃうし、こうするしかなくって…。お時間はあまり取りません。でも8丁目近くにマイタイが美味しいバーが有るんで、少しだけお付き合いしていただけますか?」

最近、なーんか待ち伏せとかされやすいよね、あたし。

なーんて考えながら、笑顔で「いいよ」と返して、悦子ちゃんお勧めのバーに一緒に向かった。

悦子ちゃんは、確か健人とT大の手話研究サークルか何かで知り合ったハズ。
T大って事は、結構な才女だよね?
それに、ご両親が聾唖で、物心付いてた時からずっと手話で通訳してた、って聞いてた。
目の前の、可愛らしい女の子をジロジロ観察しちゃう。
ふわっふわに巻かれた茶色い髪の毛に、黒目がちの大きな目。
つやっつやのリップが塗られた、ちょっと気の強そうな口元。
陶磁器ですか?みたいな白い肌。
おっきい胸に、両手で輪っか作ったら入っちゃいそうな(←大げさ)ほっそいウエスト。

あたしなんて…。
会社上がりで化粧溶けまくって、やばい状態なのになー。
美白も何も、「南方出身ですか?」ってよく言われるこの肌の色。
父親譲りの、アイプチでやっと二重になります状態の、重たい(モンゴロイドの)目。
胸は普通なのに、くびれもクソも無い、ドラム缶と呼ばれてる(by健人)このずん胴な体!

うらやましーなー。
ってか、健人とは…美男美女で、お似合いだ。

とか、考えてたら、悦子ちゃんが切り出した。
「あの、健人君…最近あんまり連絡してくれなくて……。仕事が忙しいのとか、知ってたんですけど、サークルにも顔出してくれないし、学校の授業もあんまり出てないから、心配で…」
ちゃーんとネイルアートが施されてる細い指で、マイタイのストローをかき回してる悦子ちゃんは、溜息混じりだ。
「健人、学校も行ってないの?」
「趣味でやってるゲームのプログラミングのプロジェクトは一週間位前に上がったはずなんですけど、連絡が一切来なくて。お姉さん、何かご存知ですか?」
ゲームのプログラミング?
そんな事してたんだ、健人は。
いや、何かプログラミングしてるとは聞いてたけど。
「さあ…?あたし、健人が仕事で何してるのかすら、知らないから…」
「健人君、それ以外にもデイトレーディングとか、色々してますけど…この間、たまたま彼が趣味で作ったゲームが高値で買い取られて、大手ゲーム会社から引き抜きの話も出てるんですよ。ご存知無かったんですか?」
ご存知無かったっす。
「そうなんだー。ごめんね。ずえっんずえっん知らない。あたしあんまり悦子ちゃんの役に立てそうにないかも」
「あのっ、私の完全な片想いっていうのは、知ってるんです。でも、彼に初めて会ったとき、あ、運命の人だ!って、思ったんです。もう、直感っていうか…」

運命の人?
そんな風に感じる事って…有るの?

「え?じゃあ、健人とは付き合ってないの?」
って、健人はこの間ビックリドーテー宣言してたよね?
あたし以外に、ナニが機能しないとか何とか……。

「付き合いたいんです!」
悦子ちゃんは、両手の拳を握って、口を引き結んで、あたしに強い視線を送ってきた。

う………。

あたしは耐え切れなくて、自分のマイタイのお飾りの小さな傘を閉じたり開けたりしていじった。

いやね。
切ない女心もわからない事も無いんだけど…。
あたしも、立場が微妙と言いますか…。
ぶっちゃけ、昨日弟からマジ告白されまして……。

なーーーんて、言えなひ!!!!
ずぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーったい、言えなひ!

「だからお姉さん、お手伝いして頂けませんか?」
うわあ、お手伝いキターーーーーーーーー!!!
「えええ?!お、お手伝い?って…何を……?」
「何でも良いんです!ダブルデートでも、何でも良いんです!健人君と一緒になれるきっかけを作るお手伝いをしていただけたらって思ってて…」
濃い睫に縁取られた黒目が、ウルウルしてるよ。
「ダブルデート?」
「はい。あの…私と健人君と、お姉さんと……お姉さんの彼氏、とか?」
居ないっつの!
「いや。今、恋人募集中、かな~~?」
「え?そうなんですか?じゃあ、お友達とかはどうですか?あ、この間カフェで会った人とかは?」
「はいぃぃ?宇田川?宇田川は、駄目だよ!」
「そっか…スミマセン。そうですよね。あの方、確か芸能人ですよね」
あ、やっぱ気付いてたんだ。
「うん。宇田川は駄目…だけど。う~ん、何か、考えてみるよ」
「え?じゃあ、メル番交換しませんか?」
「あ、え、ああ、うん。それ位ならオッケーだよ」
ってか、マジNOと言えない日本人のあたし。
何で番号交換してんの?

機嫌を直した悦子ちゃんは、ルンルンであたしと新橋の駅まで向かった。





 お母さんは京都にお友達と遊びに行ってるし、お父さんは大阪支店に出張中。
って、連絡が今朝来た。
家の中には誰も居ないハズなのに、帰ったら電気がついていた。

げ。
まさか……噂をすれば何とやら?
健人?
健人が戻ってきてる!!!

思わず、玄関の前で立ち止まって考え込む。
ああああぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~っ。
どうしよっ???
今からビジネスホテルに泊る?

てか、なんで焦ってんのあたし?
そんな、逃げなくても…ココは自分の家だしさ。
世界で一番リラーックス出来る憩いの場…のハズが。
なんでゲリラ戦挑んでるみたいな緊張感を感じてるのさ、あたし?
ねえ?

いや、でも…。
弟からあんな告白されて、きまづいっていうか…。

「すーーーーっはーーーーーーっすーーーーーーっはーーーーっ」
思わず、深呼吸。

朝倉愛理、早速女としての度胸、試されてるよ。
やっぱ、ここいら辺は大人の女の貫禄ってのを示さないとねっ。

ガチャ。
「た、たっだいまー」

1歩、2歩…。
玄関から、居間までの距離が……こんなに短かかったっけ?

よっしゃ、さりげなーーーーく、さりげなーーーーくっ。
「あれ、家帰ってくてたんら」
うわっ。
すんげーぎこちない!
しかも「くてたんら」って、何?
思いっきり、噛んでるし。
その上笑顔、引きつってるの自分で分かるし。

分厚い参考書みたいな数字が羅列してある本から顔を上げて、リビング(居間ね)のソファーに腰掛けてる健人が顔を上げる。
ちょっと顔をしかめて、手を上げる。
“愛理、手と足が両方前に出てる。何、そのロボットみたいな歩き方”

って、あれ?
なんか雰囲気違う。
全体的に、何かが違う。
って、あ!
髪の色が…明るくなってる。
真っ黒だった髪が、茶色くなっていた。

な、なんか似合ってる。
垢抜けたっていうか、色気に拍車がかかったというか…。

それにしても態度…フツーじゃない?
よ、良かったぁ~~~~。
“な、なーーーんだっ。健人元気そうじゃーーーーんっ。髪の毛も洒落っ気出しちゃって、この色男~~~”
あははははっ、と笑いながら、バックを健人の横に放り投げて、隣の台所の冷蔵庫からビールを取り出す。

健人も飲むかどうか聞こうと思って顔を上げると、目が合った。

“元気じゃないよ、痛い”
そう手話で返した後、何気なく頬づえをつく。
「あ……」
もしかして、昨日思いっきり平手お見舞いした、ほっぺた?

“昨日は……ごめん。ほっぺあの後…ちゃんと冷やした?”
キンキンに冷えた缶ビールを一本健人に手渡してから、手話で訊ねる。
そのままビールをテーブルに置くと、
“頬よりも、ココが痛い”
って、胸示されながら真剣な顔で返された。

う"………。

何、この罪悪感。
ってか、ききききき緊張すんじゃないの!
「さっ、晩御飯どーしよっかなぁ~~~♪」
ど、ドキドキしてる。
よりにもよって、胸が痛いって、何じゃあああ!!!!

クルリと踵を返して、キッチンに向かうあたし。

こーゆーのは、軽くスルーで……。

「って、何見てんのおおおおお!!!!!!!!!!」

再び居間方面へ顔を向けたあたしの目に、携帯(あたしの!)をまじまじ見てる健人が映った。
「勝手に人のカバンの中漁らないでよ!!!」

「魔性の女」
小さく口パクでそう囁きながら(てか、あたしにはそう動いているように見えた!)、健人は今さっき届いたばっからしき宇田川からのメールを開いて、あたしに見せる。
“バイブ鳴ってたよ。愛理、デートに行くんだ?今度の土曜”
パタン、と携帯をテーブルに置いて、そのまま立ち上がる。

顔が、顔が……。
こ、こえええええぇぇぇぇぇぇぇ。

“俺も、行っていい?……姉さん?”
笑顔(なのに、怖い!)で健人が訊ねてくる。
「は、はあ?こ、困るから!」
“俺、言ったよね?邪魔するから、って”
“デートっていうか、宇田川あたしのアパート探しに付き合ってくれるだけだよ!”
“なら、尚更俺が一緒に行ったって、構わないよね?”

気づいたら、健人がジリジリと詰め寄ってきていた。
それなのに、ドキドキと心拍数が上がってて…。

お、おかしいぞ!!あたしの心臓!!!

だけど健人はあたしを素通りして、棚からコップを取り出す。
そしてまたスタスタとソファーに戻って腰を下ろす。
“もうメール返しちゃったけど。宇田川って人に”
分厚い本のページを捲りながら、健人が悪びれも無く手をあげてサインした。
「はあああああああああ?????!!!!いつ、いつの間に!」
“いつの間に、って今”
す、すんげー早業で打ってたのね。
目に見えなかったよ!
って、そうじゃなくって!

”勝手な事しないでよっ”
テーブルの上の携帯を慌てて掴んで、開いてみる。

宇田川からの
>土曜日三茶の駅前朝10時に全員集合!風呂入ったか?
って(阿呆)メールに
>ごめんね。ちょっと用があって、弟がついて来るって言ってるんだけど、全員集合なら、いいよね?
って返事勝手に返してるし!
愛理さん、呆れてモノが言えないよ。
でも、まあ、宇田川もきっと「NO」って言うだろうし。
今日だって、健人の事話してる時、ちょっと不快そうだったしね。

プンプンしながら健人を見ると、無関心そうな顔のまま頬杖ついた態勢で、テレビを観てる。
茶髪が案外…というか、かな~り似合ってる。
これで黒いスーツとか着ちゃったら、ホストになれるよ。
前よりも心なし目を引くっていうか、つい目が行っちゃう。
我が弟ながら、「見た目だけ(あと、頭も)」良くてムカつく!

“髪、どーいう風の吹き回しなの?今まで染めた事なかったのに”
健人はちら、っとあたしを見てテレビに視線を戻しながら
“今日テキトーに美容院入ったら、勝手にやられた。カットモデルとやら何やらで、結局タダにしてもらったし、気分転換”
とやる気のない返事を返す。

気分転換。
それって、何か昨日の事と関係あったりする…とか?
あたし、考えすぎ?

じーっと整った横顔を見下ろしていると、ふと悦子ちゃんの顔が脳裏をよぎった。
「今日、悦子ちゃんに会った」
あたしはわざと声に出す。
健人は腕を組んで、首を傾げながらあたしを振り返った。
さ、先を言えって事よね?
“今日、会社の前で。んで、ちょっとお話しながら帰ってきた”
“へえ。何を?…って、まあどうせ俺の事だとは思うけど”
“悦子ちゃん、健人の事心配してたよ”
健人は特に表情を変えることなく、あたしを見つめ続ける。
“健人が連絡しないから、あたしに相談してきたみたい”
“どうせ、俺との仲を取り持つように頼まれたんだろうけど。ああ、それかダブルデートしたいだとか言われたとか?”

す。
すげえ推察力。

って、感心してる場合じゃない!
口をあんぐり開けたままのあたしを見て、健人は首を振る。
“それで、断りきれなかった”
“こ、断りきれなかったわけじゃないわよ!”
“じゃあ、断ったんだ?”
“断って、無いけど……。ちょっとは連絡してあげなよ”
“する必要ない。興味が失せた……というより、元からどうでも良かったし”

「良くないよ!彼女の気持ちはどうなんの!?」
あたしは、思わず声を上げた。

健人がすっと立ち上がって、あたしに向き直る。
あ、やば…。
墓穴掘っちゃった?

健人は、じりじりと詰め寄る。

お、思わず後退しちゃうあたし。

いや、あの、ちこ~~~~っと、距離が近いんじゃないかなあ……。

ってか。
ああああああああ、あの顔してるよ。

そして、あたしの後ろは、カップボード。
嗚呼、後が無ひ~~!!

“じゃあ、俺の気持ちはどうなの?”

健人が、あたしの肩に手を置いた。



ううっ……どうする、あたし!






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