はあ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。




深い、溜息。

マジで、どうしよ?



処女組脱退後、即妊娠。
  
ありえない。
いや、実際起きちゃってる、この状況。

10代で妊娠しちゃった子の気持ちが痛いほど解る。
茨の道ってか、幾つもの難関が目の前に立ちはだかってるもんね。

相手の男が認めるか、とか。
親に相談すべきか(せざるおえないけど)、とか。
仕事や生活はどうするか、とか。

ぶっちゃけ、おろす…とか?





それこそ、ありえない。

うん。
それは絶対に、無い。

無い……けど……。

どうしよ?

ヲタクでもいいからビ●・ゲイツ並みのIT成金か、ドバイの石油王(つまりうちのお父さん以上の超スーパーウルトラ金持ち)と結婚しないと義理の息子として認めない、とかお母さんあたしが10歳の頃から公言してるし。
お父さんはお父さんで自分が地味~な見た目だからか、真面目で堅実な男を選べとか言ってるし。
 
つまり、宇多川が朝倉家の婿にうぇるかむ、な~んてありえないし。
てか、その前にあたしと宇田川まだ何にもH以外に関係無いし。
 
 
嗚呼。
まじで一人で子供育てる自信無いよ……。


健人、どうしよ?

いつもだったら、健人があたしの(聞かれたくない)心の声を聞いて、憎まれ口叩きながらもアドバイスらしき事してくれるのに。

こういうあたしの阿呆な窮地は、いつもいつもいつもいつも健人が助けてくれてた。
あたしは姉として何にも出来ない、馬鹿で、ブスで愚図でのろまの亀で。
 
高校受験も大学受験も失敗して、挙句の果てに初めてのエッチで妊娠しちゃう自己管理力ゼロ女だし(←自分で言うけど)。
 
 

やっぱり宇田川に相談するべき……だよね。
だって、あいつにも責任あるわけだし。

あたしは携帯を取り出す。

取り出して……
 
て、やっぱ駄目だ。
 
言えないよ……。
 
 
目の前が真っ暗になったように感じた。
ポロって涙がこぼれる。
 
自業自得ってやつだ。
 
 
ほんと、どうしよ……………。
 
 
 
ふらふらとその場にあたしは泣き崩れた。
 
 
 
 
暫くすると。
 
ガチャ、と居間のドアが開いた。
 
驚いて、あたしは涙と鼻水でグチャグチャの顔を上げる。
 
想像すれば何とやら。
スポーツバック抱えた健人がドアノブに手をかけながら、立っていた。
 
「け、健人……」

まさか、あたしの声が聞こえたの?

あたしを探してくれたの?

あたしを………。

声に出そうとしたら、

“愛理、話がある”

と泣いてるあたしを素通りして健人はバックを放り投げソファに向かいのソファに腰を下ろした。

「あたしも話があ…」

“俺、ハワイに行くから”

またしても、遮られた。

 

さらっとそうあたしに告げる。

ハワイ?

ハワイ?

あの、常夏のパラダイス?ロコモコ?フラダンスの?芸能人遭遇率ナンバーワンの????

「ハワイ?」
思わず声に出して聞き返す。
たぶん、すごくキョトンとした顔してると思う。
 
健人は表情を変えず、コクリと頷いた。
「旅行…でしょ?」
 
それならわざわざ宣言しなくても……ねぇ。
だけど健人が、首を振った。
手を動かす。
 
“引っ越す。移住”


引っ越す?
移住?
 

「え、えええええええええええ????????????????????」
突然の宣言に、あたしは吃驚して大声を出してしまう。

同時にずん、って重石がいきなり胸に落っこちたみたいな錯角に陥った。
      
痛い。
     
健人は小さく息を吸った。
“と言っても、来学期からだけど”
 
何、コレ?

胸が、苦しい。
息が、できない。
  
「なっなっなっ・・・何で?どうして?どの位?」
声が裏返りながら、思わずあたしは健人の足元まで這い寄る。
 
そんなあたしをちらりと一瞥すると、健人がまたも手を動かす。
 
“仕事で、ハワイに来ないかって言われてる。ゲームの開発の仕事で、俺の作ったサンプルゲームが向こうの資本の会社に高く買い取られて、商品化される事になったんだ”
 
手早く手話で説明しながらも、下を向いたまま、あたしと眼を合わせない。
 
“プロジェクトが終わったら、日本に戻るよ。どれ位だろ?プロジェクト次第?もちろん、学校へは戻るつもりだし”
 
 
「そ、そっか……。良かった……ね」
ポロって、ホッペタに雫が伝った。
 
“なんで泣いてるの愛理?まだ俺ここでやる事あるし、時間はあるよ”
健人が細い手の甲で、足元で無様に横たわってる(転がってる)あたしの瞳に浮かぶ雫を掬う。
 
“え、だって健人そんな事今日の今日までひとっことも言ってなかったじゃん”
健人の手を振り払い、あたしは険しい声で非難する。
“愛理も一人暮らしの事とか、宇田川の事とか、俺に言わない事いっぱいあるでしょ?”
 
う。
そ、そうだけど、違うよ!
ただでさえ距離があるのに。
声だって聞こえないのに。
もっと離れて行っちゃう。 
 
もっと距離が出来ちゃう。
 

やだ。
行っちゃやだ。 
 
自分勝手なのは百も承知だ。
だけど、健人がいっちゃうのは、絶対やだ。
 
断固反対!

“ここ最近、ずっと考えてたから”
健人が肩を竦めながら答える。
 
“でも、何で?どうして?”
 
 
“愛理の声が聞こえないなら、愛理が俺を必要としてないなら、そばにいても意味が無いから”
“ひ、必要だよ!!健人がいなくちゃ、あたし何も出来ない!!!!”
あたしは健人のズボンの裾を掴んだ。
 
まるで歌舞伎の一場面?
女形?
傍から見たら、笑える構図かも。
 
そんなあたしを無視して、健人が遠い眼をする。
 
“人間ってね、歳をとって触覚、嗅覚、視覚を失っても、味覚だけは最後まで残っているんだってさ。神様が生き延びるために、最後までその感覚だけは残してくれるそうだよ”
そう言って、にこって笑う。
 
あれ?
なんか…今更ながら健人の表情の違いに気が付く。
なんか晴れ晴れとしてるっていうか、吹っ切れたっていうか。
 
“だから俺は、愛理の味を絶対忘れないし、愛理の事も忘れない”
味?
あたしの事?
 
健人はそう言うと、立ち上がりあたしを足を揺すって振り落とす。
 
「あ、朝倉君vv」
 
どこで待機してたのか、どこから現れたのか、悦子ちゃんが健人に手を伸ばしていた。
 
え??
 
健人が悦子ちゃんの手に自分の手を絡ませる。
 
「お姉さん、色々とお世話になりました。私たち、付き合う事になったんだよね、朝倉君?」
健人に寄り添いながら、悦子ちゃんはあたしに会釈した。
「私たち、相思相愛なんですよ~~~☆☆☆♪♪♪」
 
いつもなら不機嫌な表情100%の健人も、口元や目元を綻ばせて悦子ちゃんに微笑みかける。
 
お互いうっとりと見つめあいながら、あたしなんて眼中ナッシングでラブラブムード全開を醸し出してる。
 
 
 
え?え?え?
 
心臓が、バクバク鳴り出した。
 
 
あたしの事、姉以上に想ってるとか、好きだとか、言ってたよね?
 
 
ぶっちゃけあたしをオカズにしたりしてたよね????
 
あたし以外機能しないとか、言ってたよね?
 
 
「……やだ」
 
健人があたし以外の女に、人間に興味持つなんて。
 
息が、苦しい。
 
なのに健人は容赦ない言葉をあたしにぶつける。
“愛理は、俺と声で通じ合えなくなっても、何にも感じてなかったでしょ?今更遅いとおもうけど?”
 
それは……。
 
何も感じてなかったわけじゃない。
 
それ以上に健人の行動が怖くて。
「怖いから、朝倉君から逃げてるの?」
悦子ちゃんがあたしの心を見透かしたかのごとく、聞き返す。
 
ちがう。
健人に嫌われたくなくて。
 
「健人を、傷つけたくなくて……嫌われたくなくて……」
 
“嫌う?愛理があのアイドルと性行為したことについて、って事?”
ふっ、と呆れた表情して健人が手話する。
 
 
涙が滝のように流れてきた。
 
そうだ。
あたしは、ずるい女だよ。
 
弟の健人意識してるのに、興味本位で他の人とそういう事しちゃえる女だよ。
 
なのに、健人に嫌われたくないから事実を隠して、現実から、宇田川から、健人から、逃げてる。
 
 
こんな人間だよ?
 
お願い。
 
あたしを嫌わないで。
 
健人が他のひとのものになるなんて。
あたしから離れていっちゃうなんて。
 
 
 
そんなの、絶対駄目なんだから。
 
 
 
駄目…………。
 

「行きましょう」
と力なくうな垂れているあたしをよそに、健人の手を引っ張りながら、戸口に悦子ちゃんは向かっていく。
一瞬哀れみんだ表情を浮かべあたしを見た健人は、無常にもあたしに背を向けた。
 
と。
 
思いがけず言葉が飛び出した。
 
 
 

「健人。大好き。どこへも行かないで。ずっとあたしの傍にいて。……お願い」

あたしがそう叫ぶと。

 
健人がゆっくり振り返った。

先を促す悦子ちゃんに何か告げると、あたしの方に歩み寄る。
  
“もう一回、言って”
  
手で小さくサインを作る。

あたしは泣きじゃくりながら、嗚咽にも近い声を漏らしながら、続けた。

 「健人が、好き。健人じゃなきゃ、駄目なの。弟とか、もうどーでもいい。あたしは、健人が、一人の男として、大好きです」 

 ああもうっ。
鼻水が出てきた。
口の中に入っちゃうし。
   
“聞こえるよ”
あたしの目線に合わせてその場に屈みこんだ健人が、嬉しそうに微笑む。

 “ありがとう。愛理”
が。

言葉とは裏腹に、健人の顔は、心なし険しい。


“でも、もう遅いから”

健人の後ろで心配そうに立っている悦子ちゃんを振り返ると、健人は再度あたしに背を向ける。

 

健人が、行ってしまう。

あたしを置いて、永遠に。

 

数歩先の戸口に向かってるハズなのに、何故かどんどんと小さくなっていく健人と悦子ちゃんの背中を見つめながら……。

 

 

って。


ん?
あれ?

 

 


なんか、聞こえる?
なんか……臭う?匂う?

 



嗅ぎ覚えのある……。

 

 

 

 




“………ん、……ちゃん”





え?何この声???
健人の声とは違う。

微妙に甲高いっていうか、鼻にかかってるっていうか、ぶっちゃけ耳障りっつーか…。

“……理ちゃん、愛理ちゃん!愛理ちゃん!!!”

うっるさいなぁ……って。


 


「 お き な さ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ い ! ! ! ! ! !」





がばっ、ってあたしは身を起こした。

 

 

 


ええーと、そのーーーー。
今のは~~~……。

 


「夢?」




あたしはブルって頭を振って、辺りを見回す。

 



とりあえず、手には開きっぱなしの折りたたみ携帯。


え、何??

読者さんをこーーーんな引っ張っておいて、夢オチ?
読者なめてんのかって、苦情のメール来るよ?

ってか、あたしには関係ないけど。

「愛理ちゃん、そんなトコで寝てたら頭の傷口にもお肌にも悪いわよ~~~っ」

目を細めながら顔を上げると、なにやら色々抱えながら(ド派手な)お母さんが、台所に入ってきた。

相変わらず、香水きつっ。

それよりも。

え~~~と、妊娠してない……よね?

でも、心なし、お腹が痛い。

ちょこっと不安なあたしはお腹をさすってみる。
…つか、意味無いけど。

「妊娠して……ない……かも?」

「に、にんしん?!?!?!?!?!」

ポツリと呟いたつもりなのに、そういう女性週刊誌的ゴシップにやけに敏感なお母さんが、どデカイ声を出す。

「妊娠……じゃなくって、ただお腹、痛いだけ」
「あら、違うの」
あからさまにガッカリ、って大きなため息ついてお母さんは手に持っていたものをどさぁぁぁぁっと台所のテーブルに置く。

 

健人は?

あの娘(悦子ちゃん)は??

辺りを一応確認してみる。

 

良かった。

居ない。

 

やっぱ、夢だったんだ。

 

ホッとして、左胸に手を置いてみる。

まだちょっと早鐘打ってる。

それにしても。

今思い返しても、心臓に悪い。

ううん。そうじゃなくて、なんかこうどす黒くていや~~~な感情っていうの?

健人がハワイに行くと言い出したり、悦子ちゃんと付き合うとか言い出したり。

その上何故か、告ってた。

健人に好きだって、あたし告げてた。

 

またドキドキが始まる。

あたしはひとつ深呼吸した。



「ちょっと見てよ、これこれ!さっき押入れ漁ってたら出てきたのよぉぉ~」
「押入れ?」 


未だ100%目覚めてないあたしは、携帯に目を落としながら体を起こす。

あ、やっぱ宇田川からはメール届いてる。 


じゃ、寝ちゃったのはその後?

てか……。 

 



あたしは慌てて居間を出て、トイレに駆け込む。



……良かった。


毎月起きる「あの現象」が。

 いつも毎月うぜーーーーよとか思いながら起きているあの「女の子の日」が遅ればせながらも来た事に、盆と正月がいっぺんに来たとばかりに「おお、神よ!!(←シェークスピア調)」と踊りだしそうになった。


居間に戻ると、お母さんは待っていましたとばかりに、食卓の上に置いたものをあたしに指差す。 

今回は金箔を使ったらしいネイルアートが、キラリと光った。
「お母さん韓国製スチーム付きの超音波美顔器探してたら、見つけたのよぉ~~。愛理ちゃん、不細工で可愛くって!」

不細工は不要ですよ、と思いながらあたしは母親が置いた分厚い冊子に目を落とす。

「あ……」

アルバム、だ。
あたしと健人がちっちゃかった頃ペーパークラフトに凝っていたお父さんが手作りで作った、アルバム。 

アヒルとか星型とかハートとか細かい文字とか型抜きして、キレイに配置されて貼ってあるあたりが、お父さん作っぽい。

キラキラと石が輝いてる長いジェルネイルで器用にページをはさみながら、お母さんはページをめくる。

「これこれ!お母さん覚えてるわよ~~~、お母さん達留守の間、愛理ちゃんトマトあっちこっちに投げつけて台所滅茶苦茶にしちゃったの!!」

泣きながら全身真っ赤でグチャグチャな猿みたいな風体で、ちびっこのあたしは壁の前に突っ立っている。 


そして、その隣に立ってるフランス人形みたいな、真っ黒い髪の毛の愛らしい男の子。
手にタオルを持ってるけど、ちょっと不機嫌そうな表情。

「覚えてる。お母さん、ブチ切れてたよね?押入れから鞭取り出してきて、あたし子供ながらに恐ろしかったもん。今だから思うけど、女王見参!みたいな、ね」
「そうそう。そうなのよ~~~~。そしたらね……」

覚えてる。

健人が、身体張ってあたしをかばってくれたんだ。

「健人君が、涙いっぱいためて、首振ってて…」

覚えたての手話で、一生懸命お母さんとお父さんに
“僕がやりました”
って、説明してた。

「ほんとに健人君は、お姉ちゃん思いというか何と言うか…あんたたち、気持ち悪いくらい手話なしで通じ合ってるみたいによくお互いの事分かってたみたいだったし」


感慨深げに呟きながら、お母さんはパラパラと写真をめくる。

どれも、泣きじゃくってるか不機嫌な顔のあたし。
それに比べて、どのアングルでも愛らしい、小さい健人。 

気持ち悪いくらい、か。

それもそうだ。

ずっと頭の中で会話してたから、手話なんてしなくても言葉が通じてた。

あのトマト事件の時も、“僕がやりました”ってお母さんに訴えながら、あたしに

『愛理泣かないで、泣かないで!!!』

って号泣のあたしを、宥めてた。

これだけじゃない。

小学2年の時、スーパーで買ってもらえなくて、欲しくて盗んだ「魔法使いスーパーららべるちゃん」の魔法グッズ付きチョコレートを万引きして、お父さんに偉く怒られた時も。

健人とキャッチボールしてて、誤ってあたしが放ったボールが隣の家のガラス割っちゃった時も。

ついこの間だって、ヒールがひっかかって転びそうになった挙句、●ーさんチックなパンチパーマの男に突進しちゃって、いちゃねんつけられた時も。

あ、そん時は謝るんじゃなくて、見たことない位おっかな眼でそいつ睨み返して事なきを得たけど。


色々、あったよね。

健人……。

そう名前を呼ぶと、胸がとくん、て大きく鳴る。

健人の声が、聞きたい。

毎日のようにあたしの頭に響いていたあの声が、聞きたい。

 

健人に、会いたいよ。

会って…………。

会って、どうするの?

 

いや。

ただ、健人に会いたい。

『馬鹿だな、愛理は』

の一言でいい。

 

声が聞きたい。

 

しばらくアルバムに見入りながら、一人わけわかんない自問自答してると。


突然、ぴんぽーーーーんって音がした。

「あら、どちら様かしら?新聞なら間に合ってるんだけど…」

お母さんがモニター付きインターホンを覗き込む。

「やだ……なんか怪しい人が居るわよ。ちょっとちょっと、愛理ちゃん…」

ボートックス注射打ちまくりで、筋肉が麻痺して無表情なはずのお母さんの眉が、ひそめられる。

「えーー、誰?」

まさかまた、門田さん?

んなはずないか?と思いながらモニターを覗き込む。

 

「んげ」

あたしの中で一瞬緊張感が走る。



 

帽子かぶって、超ヲタク眼鏡かけた、ダサダサファッションで身を包んでいる、よく見知った顔。

 

宇田川光洋が、うつむきながら立っていた。


 


 
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