あたしと宇田川は、近所の公園まで無言で歩いた。

大人(且つちょっとデブ?)なあたしには微妙に小さく感じる子供用ブランコに腰かけると、前の鉄柵に宇田川も座った。

「びびった。あんたの母親、すげえな」

「ああ、ゴメンね。ケバイし、根掘り葉掘り聞いてきてうざかったでしょ」

あたしは俯きながら、ちょっと苦笑混じりで答える。

不審者じゃなく、あたしの知人だと知ったお母さんは、あたしを押し切って玄関にまでしゃしゃり出てきて、うざ~~~~い位超笑顔で、宇田川に質問攻めにした。

「ケバ…じゃねえ、あー、えー、つまり…なんだ。すげぇ若けぇな~、と」

あたしとおんなじ風に思ってるのか、ちらっと上目使うと、宇田川も下向いていた。

あの傍若無人な宇田川が、珍しく言葉選んでるのが、笑える。

「全っっ然あたしお母さんに似てないのは、知ってるから。遠まわしに言うとか、気ぃ遣わなくてオッケーだから。あたし父親似だし自分でも、ほんとあの人の子供?とかいっつも思うし」

「気とか別につかってねーけど、なんかこっちの世界の匂いプンプンしてたわ」

「こっち?」

「ギョーカイ系っつーこと」

「ああ…お母さん、元ミス日本代表だったし、なんか若い頃は雑誌のモデルとか色々してたみたいね」

目深にかぶった帽子とだて眼鏡のせいで、顔を上げても宇田川の口元しか見えない。

「あー、そんな感じするわ。しかもあんたんち、場所もそーだけど、家のでかさとかから見ても、結構金持ちなんじゃねぇの?なんか、想像してなかったっつーか」

「お金あるのはあたしの親で、あたしじゃないよ。大学居た時は、お小遣いとかなかったからバイトしてたし。旅行の時は、あたしと健人だけエコノミークラスだし、結構そこら辺はシビアだよ」

「ふうん。だからか。あんたが苦労人っぽく見えんの。俺なんて母子家庭で、デビューして売れるまでずっとボンビー生活してっから、貧乏性なやつはすぐ分かる。つか、俺が言いたかったのはそんな事じゃなくって、えーと、その…だな」

貧乏性…。

確かに「お嬢様」扱いされた事なんて人生で一っっっ回も無いけどさ。

それにしても、宇田川にしては声のトーンもオーラもどんよ~~りしてて、低い。

疲れてるようにも見える。

俯いてる宇田川を観察してると、小さな声で呟く。

「悪かった。俺のせいで…色々…あんたに迷惑かけちまった」

お初にお目にかかる、下から目線&自信なさ気な宇田川。

「あたしの方も…連絡とかしてなくて、ゴメン。宇田川こそ監禁状態だったんだってね。なんか、ギラギラ眩しいお兄さんが見舞いに来たよ」

「ギラギラ?ああ、黒鳥ね」

「あの、話変わる変わるけど…最近、周りで変な事とか、まさかまさかまさか起きてない、よね?」

そうだ、聞かなきゃ。

健人が暴走してるか、確かめなきゃ。

「変な事?例えば?」

「例えば、えーと、あんたのブログとかサイトが炎上しちゃったり…だとか、クレジットカードアフリカあたりで使われてちゃったり、だとか…あとは……」

殺人予告あったりとか…とは聞けなかった。

「俺のケータイ番号ファンにバレちまったりだとか?ああ、あったあった」

「あったの?!」

やっぱり、健人の仕業だ。

あたしは驚いて、ブランコから飛び上がる。

宇田川も顔を上げた。

あたしを仰ぎ見たからか、宇田川と視線が絡む。

う。

慌てて逸らして、横を向いた。

なんでだろ?

宇田川の顔が直視できない。

「確かにあんたが入院してる間に、俺のグループのホームページ潰れちまったし、クレジットカードはアジアツアー中に五百万くらいマカオら辺で勝手に使われてたけど。んなん、しょっちゅーある事だぜ?」

全然動じてる風でもなく、落ち着いた声音で宇田川が答える。

「しょっちゅう?」

「あのオトコオンナとの仲スクープされた後だっつーのもあるし、まあそーじゃなくても俺らみてーなのは、有名税っつって、そーゆーリスク承知で国民に顔売ってんだから、いちいち問題にしてらんねぇよ。あんたの心配する事じゃねーし」

俯きながら喋ってた宇田川が突然腰を上げた。

あたしの真正面に立つ。

「あんたに聞きたいことがあって、わざわざこの俺様が調べてあんたの家に会いに来てやったんすけど?」

腕を組んで態度LL(エルエル)な俺様口調&上から目線に戻った宇田川は、恩を着せるが如くあたしに告げる。

「調べたの?!」

そういえば、宇田川に家は教えてないし、知らないはずだ。

「そ。あんたの入院してた病院の看護婦に黒鳥が超極秘でかけあってくれた。サイン5枚と交換したっつってたけど」

「サイン…て…えー、それは巷では立派なストーカー行為っつーんじゃないんでしょうかねぇ?」

「ばぁか。俺はファンにストーカーされても女にはしねーよ」

いや……。

現に調べてうちに押しかけたじゃないっすか!

と、のどまで出かかった言葉を飲み込んで、あたしは宇田川の反応を待った。

だってだって、眼鏡の奥の宇田川の目がマジだったから。

「あのオトコオンナが法的に訴えるっつって事務所通して俺に連絡入れてきた。あいつ、俺以上にブチ切れてたらしいな」

「翠さん…お見舞いに来てくれてたらしいから、お礼しないと…」

あたしが思い出して独り言呟いていると、構わず宇田川が続ける。

「それに、あの時は油断してた俺のせいでもあるし」

「あんたの?宇田川は犠牲者だよっ

あたしの言葉に反応するように宇田川が突然手を伸ばして、手首を掴んだ。

「確かに、あんたが勝手にあんな目立つやつら連れてきたせーもある。けど、ちゃんとパパラッチとか周り見てなかったり、場所選びしなかった俺のせーでもある。まあ、だから勝手についてきたあのオトコオンナも責任感じてんだろーけど」

じりじりとあたしの手首を持った宇田川が、距離を縮める。

「マジ、女一人守れない自分がムカつくし、後悔してる……」

その顔があまりにも真剣すぎて迫力あって、あたしは半歩後ずさる。

「あ、あたしは全然大丈夫だって。体力と運だけは強いみたいだし…。あ、ギャンブル運とくじ運だけはずぇんっずぇん無いみたいで、年末ジャンボなんてこの10年間買い続けて一回も当たらないのに、友達なんてこの間初めて買ったら3万円当たったって言ってたよ。イタリアなんて宝くじに全財産投じちゃった人がいて社会問題になってるんだってさ。ははっ…」

微妙に漂う緊張感に耐えられず、どーでもいい事ぺらぺらノンストップで喋っちゃってるあたしに構わず。

宇田川は間合いを詰める。

「だ~か~ら~、俺と付き合うっつーのは、ファンに嫌がらせされてブラジル移住だとか、パパラッチに付け狙われるとか、そういうリスクがついてくるんだよっっっ」

困ったような、複雑な表情を浮かべて、宇田川が声を荒げる。

「ちょっ…宇田川!」

振り払おうとすると、いっそう強く掴まれる。

「俺、事務所に監禁されてた時、ずっと考えてた。やっぱ、あんたの事危険に晒したくねぇ。晒したくねーけど、あんたの事が好きだっ。ぜってーぜってー守るからっっ」

そう宇田川が言い終わったか終わらないかの、その時。

 

 

突然。

 


突然、黒い影があたしの視界を横切った。

「えっ?」

あたしと宇田川の間に割って入ったその影は、宇田川が抑えているあたしの腕に手を置く。

「健……人……」

健人は無表情ながらも、その長い睫毛にふちどられた目をすこーしだけ細めて、声を出さずに口を動かす。

 

は  な  せ。

そう、宇田川に告げていた。

「んだ、お前?」

あ い り か ら て を は な せ。

 

 

「ったく、何なんだよ」

口の動きを読み取って、宇田川が舌打ちしながらあたしの腕を放す。

あたしを宇田川から奪うように引き離すと。

いきなり、あたしの視界が健人の影で遮られた。

思わず、目を瞑る。

 

 

 

 

と。

鼻をくすぐる、慣れた匂い。

唇に落ちる、花びらのような、柔らかさ。

優しい、湿り気。

 

「え?」

って驚いて顔を上げると、見慣れたずる賢い、だけど吸い込まれそうに妖しい笑みとぶつかった。

視界の端に、口をポカンと空けてる宇田川が映る。

が、すぐに

「なっ……何してんだぁ!!!!!!!!」

 って声が聞こえた。

宇田川が健人の胸倉を掴み、殴りかかった。

…ように見えた。

 

 

 

 

 

 

きききききききっす、された。

健人に。

ひひひひひ人前、で。

宇田川の、前で。

 

 

目の前で繰り広げられてる修羅場(!)もされど、突然の不意打ちに、あたしは金縛りにあったみたいにその場から動けなかった。

今しがた健人に押しあてられた唇に指を置く。

2度目の、キス。

よりにもよって、宇田川がいる前で。

見せ付けるように……。

目の前で繰り広げられてる『ク●ーズZERO』みたいな、テッペンとってやる的なヲトコ同士のバイオレンスをぼんやりと眺めながら、あたしはその場に立ち尽くした。

 

24年間生きてきて、あたしは一度も健人が素手で喧嘩してるのをお目にかかったことが無かった。

耳が聞こえないばかりに、学校で苛められても。

姉弟喧嘩で、あたしが叩いても。

Sの女王たるお母さんが、『愛のムチ』(←Mのお父さん命名)で叱っても。

反撃する事もなく、キレイな形の唇を噛んで、じっと耐えてた。

均整は取れてても細身な身体してるし、スポーツしか取り柄のないあたしと違って、運動や格闘とかからは程遠い世界に居るとばかり思ってた。

電気機器以外、重そうなもの持ってるトコ見た事ないし。

あったとしても忘れてるって事は、印象ない……?

ない…けど………。

ここであたしはハッとなる。

やべっ。

ここで一人乙女浪漫に浸ってる場合じゃない。

 

殴り合ってる二人の間に入る。

「あたしは、芹●タマオ軍団派なんだから!喧嘩はやめなさい!!!ゲ●ジうぉりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

気合を入れ、少年漫画風にうぉりゃり(?)の叫び声を上げながら、あたしは宇田川に馬乗りの健人の後ろに抱きつく。

何度も振り払われそうになったけど、あたしの喚き声(奇声?)に気づいた宇田川が、抵抗を止めた。

それに続いて、我に返った健人が振り上げた拳を止める。

その隙に、あたしは男二人の間に割って入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  “すぐ、終わるから!”

我に返った健人は、鬼夜叉のような怒りボルテージMAXな表情を隠さずあたしをそのまま家に連れて行こうと腕を掴んだ。

健人の腕から逃れると、あたしはすばやく手話で告げて踵を返し、宇田川に駆け寄る。

「すげー姉弟愛」

口元から流れてる血を袖で拭くと、宇田川は土ぼこりを叩きながら立ち上がり、デッドヒート中(殴りあい中)飛ばされた眼鏡を拾う。

心臓が、バクバクなってる。

痛い。

「ごめん…宇田…」

「キモチわりーーんだよっっ!!あんたら、何なの???」

宇田川は、近寄ろうとするあたしを手で制して、そう叫ぶ。

キモチワリー。

その一言が、あたしの全身を貫く。

「フツーじゃねぇよな?俺、前に聞いたろ?あんたら姉弟でできてんのか、って???あんたの、この人形みてーな弟は、一目瞭然だよな?」

フツーじゃねえ。

普通じゃない。

普通じゃない。

そんなの、わかってるよ。

 

頭の中で通じ合っちゃったり、口に出して言えない、人には言えないエッチな事ばっかしてる。

それに、あたしは……。

 

すぐ背後に、健人の気配を感じた。

興奮でなのか、怒りなのか、驚きなのか。

自分が小刻みに震えてるって健人の手が肩に置かれて、気づいた。

唸るような掠れた声が途切れ途切れに出る。

「……じゃないのは、わかってる。フツーじゃないのは…わかってるよ」

ペッて血を口から吐き出すと、宇田川が挑発的に嗤う。

だけどあたしと視線を合わせない。

「へえ、開き直り?だから姉弟で、人前でキスとかすんのか?それ、欧米風の挨拶か何かか?あんたんちの家風?」

あたしは口から出かかった反論の言葉を飲み込んで、唇を噛む。

一呼吸置いて、今度はちゃんと声を絞り出す。

「フツーじゃないけど、しょーがない。あたしも、健人の事、好きだから。弟だけど、それ以上に好きだから。フツーじゃないけど、傍から見たらキモチ悪いのわかってるけど、やっと自分のキモチに気づいた。だから宇田川とは、付き合えない!」

そう言い放つと、横向きの宇田川が自嘲気味にフッて微笑んだ。

「アホらし。やってらんねーーーーーーーー」

言いながら、まだ地面に転がっていた帽子を拾う。

「あんたの後ろの人、聞こえてねーんだろうな。あんた越しに俺の事射殺しそうな目でまだ見てやがる」

ちらり、と一瞬眼鏡越しにあたしを見ると、宇田川は何かを振り払うように頭を振る。

「つか、これ以上喋ると、マジヤベェわ。言いたくねぇ事言っちまう……」

自戒するみたいに小さく呟きながら、パンパンって宇田川は拾った帽子を叩く。

が、動揺してるのか、叩いた帽子を落とした。

舌打ちしながらそれを再度拾いあげ、目深にかぶる。

自分がどんな表情してるのか、わからない。

目頭が、熱くなってきてる。

でも、あたしはまっすぐ宇田川を見つめ続けた

あたしに背を向けると。

この俺様フルなんて、五百万年はえーんだよ、朝倉愛理!!!」

宇田川はいつかの如く中指を立てながら、最後にそう言い放つ。

 

ジャ●アンのような宇田川らしい俺様なセリフが。

威勢のいい、心地よい声音が。

暫くあたしの耳から離れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 人生で初めて、人を振った。

モテナイ暦24年で初めて告白されたのに、振ってしまった。

俺様だったけど、ミニ如意棒だったけど、おせっかい野郎。

あたしの初体験の相手。

きっともっと酷い事言う事できたのかもしれない。

あたしを傷つける事出来たのかもしれない。

なのに………。

どわ~~~~~~~~~って大量の涙と鼻水がリアルに流れてきた。

 

 

 

 

放心して突っ立ってると。

あたしの背後から、あったかい腕が絡みついた。

胸の前に回された細くて長い指が、器用に動く。

 

“家に帰ろう、愛理”

涙で視界がぼやけてても、健人の手話が目に入った。

 

 

 

      

 

 

 

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